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その答えを問おうと、じっと彼女に視線を送る。
彼の意図に気付いた彩月は、フッと口元を緩めて口を開いた。


『多くの男と褥を共にしたか、という問いですが、答えは“是”です

わたくしは過去に結婚しております――子も……そう、娘もおりまする』


事も無げに告げる彼女に、王は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

子供、だと――?

処女(おとめ)ではないとは分かったが、まさか子供までいるとは思わず、ポカンと口を開けて呆ける雄掠。


『わたくしに子がいるのが不思議でなりませんか?』


彩月はクツリと笑う。
いつもの如く艶麗とも悠然とも似つかない笑みは、まるで己自身を嘲笑う様にも取れる。

ツイと視線を落とし、表情が陰る。
嘗ての記憶を手繰り寄せながら、苦痛に耐える様な表情に、ズキンと雄掠の胸が痛んだ。


『わたくしが十六の時の子です
生まれて三月もせずに手放しましたがな…』


瞬間、ハッと驚きに目を見張る雄掠。

お前が?と言いたげな様子に、今度は誰にでも分る様な嘲笑を浮かべる。
フンと鼻で笑う姿に、母の面影は微塵もない。

母――という言葉に、雄掠は敏感だった。

己の子を産んだ姫――旺家の姫――を思い出せば自然と、仙女の様な慈愛の笑みが浮ぶ。
彼にとって、母とはそういう存在だった。

だが、今目の前にいる“母”は、慈愛と言った印象は受けない。
確かに仙女の如く美しい女ではあるが、母の美しさはなかった。

何より、彼女は“家庭”といったモノに縁のない女だと思ってきた。
だから余計に驚いた。

そして同時に浮ぶ疑問の答えを求めて、雄掠は問い詰める。


「なぜ…手放した?」


彼女を諌めるつもりは更々ない。
自身もまた、父と子の名乗りを上げていない実子がいる。

けれど、名乗らないのと手放すのは違うと思ってしまうから――。


『別に、理由もございませぬ』


素っ気無く、簡潔に彼女は言った。
まるで腹を痛めて産んだ我が子ですら、彼女の心には初めから存在していなかった様に。


『鬼の様な女だと……そう、御思いになられますか?
ですが、それがわたくしなのです……それが、わたくし・・・わたくしなのです』


眉間にしわを寄せ、表情を歪める。
かつて自身が犯した所業を悔やむ様にも思えるその表情に、何故か雄掠も胸を痛めた。


(別に、というのならば何故そんな風に表情をゆがめる?
何故そんな風に己を貶める?

分からない
何故、この女は……)


すくりと立ち上がった彩月を、王は留めた。
いつもながらの問いを持って。


「彩月、お前の名は何と言う?」


もはや二人にとっては日常の一つと化しつつあるやりとり。
王は毎度の如く、直球で問うて来る。

下手な小細工もしない。
それが彩月にとっては好ましかった。


(この王にならば言ってもいいかもしれない)


最近、そう思い始めている自分に気が付いた彼女は、薄っすらと陰に隠れて笑みを浮かべた。
莫迦め、と己を揶揄してしまうのは、きっと己の心の変化に気付いているから。

言ってもいいと思いつつも、それでも言いたくないと思う自分もいる。
そして拒む己を、それが最良だと思う己もまたいるのだ。

何を持ってそう思うのか、彼女には分からない。

この王に、男としての魅力を感じているのか。
それとも縹家の巫女としての矜持がそう思わせるのか。

結局、答えは見つからず、彼女はいつも通りの答えを口にした。


『それは…陛下と言えども申し上げられませぬ』


背中越しに見えた彼女の横顔と携えられた笑みの美しさに、雄掠はニコリと珍しく素直に笑った。
まるでその返事に満足している様に。

パタン、と小さな音と共に、彼女は静々と執務室を後にした。
その扉を、王はただ静かに見つめていた。
ただ、その瞳はいつもと異なり、どこか穏やかなものでもある。


「本当に、私を捉えて放さない女だ…」


小さな囁きが、柔らかく室に響いた。
だがその表情は声とは裏腹に哀しみと寂しさを漂わせていた。




To be continue...


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