(2/4)



『この娘はだめじゃ、この娘も……この娘もじゃ』


彩月は令君室に積まれた姿絵と釣り書きに目を通していた。
淡々と積まれる書簡を、仙洞官はせっせと運ぶのに忙しい為、仙洞官からは彼女の表情は伺えない。

王が臣下の娘を後宮に迎える旨を伝えたその次の日から、彩月は怒涛の如く押し付けられる姿絵と釣り書きの処理に追われている。
もう幾日にも及ぶ処理に、彼女のの眉間には大きな皺が寄せられており、それが彼女の機嫌の悪さを十分に示していた。


王の奥宮に入る娘は須らく良家の子女に限る。

大まかに括られた“臣下の娘”に対する暗黙の了解。
それは運良くば、と大望を抱く下級官吏たちの望みを一掃した。


『全く、陛下にも困った事じゃ
かの姫を後宮に御迎えになれば良い事を…』


王の御子を産み参らせた姫。
后妃にも立てる身分を持つ姫に、一体何の不満があるのか。

一体何を企て様としているのか、彩月には全く理解できなかった。

だが、今回の王の策により、朝廷の百官が目の色を変えて職務に当たっているのも事実。
以前よりも随分と政事(まつりごと)が迅速に行われているのも、一重に彼の功績でもある。


何より、ここ数年国を混沌に陥らせた蝗害も、縹家との連携もあり収束に向いつつある。
己が来た意味はあったな、と彩月は薄っすらと笑みを携えた。



数刻の後、彼女の室にたんまりと積み上げられた姿絵と釣り書きは、幾つかに絞られた。
中心の大きな机上には四巻の釣り書きが置かれており、それが今回の入内が許された姫たちである。

その中には、中書令・柳 猛徳の娘も残っていた。

彼は四門家に次ぐ名門・柳家の人間。
七家や縹家、門家筋を除く貴族の中では、上位にくる貴族。

血筋としては何の問題もない。
釣り書きから見た星詠みでも、王との相性もそう悪くない。

姿絵からも、彼女が中々の美貌の持ち主であると事も。
内面は分らないが。

だが、どうもあの男は信用ならない。
おそらく姿絵の改ざんなどもないが―――どうも解せない。

直に見て確かめたい所が、いくら仙洞令君でも流石に無理があった。
どうしたものか、と思いながらも、彩月は残った釣り書きからの選定を続けた。










翌日、朝議に出席した彩月は、入室と共に百官の視線を浴びた。

いつもの様な侮蔑の篭った視線ではなく、皆一様に期待に満ちたもの。
釣り書きと絵姿を提出した官吏たちはもちろんの事。

だが、何よりも一番強い視線を向けたのは、他でもない中書令である柳 猛徳であった。


「縹令君、妃の選定は如何ですかな?」


己の娘の確定を知りたいであろうが、それを表情や声色に出す事なく柳中書令は問う。
だが表情に表さなくとも、彼の態度や口振りが、己の娘が如何なる選定を受けたのかが気になって仕方がないと告げている。

相変わらず己に対する態度も改めない。
だからと言って、以前の様に侮蔑の念を露にする事もない。

全く持って、腹の中が見えない男でもある。


『もちろん、しっかりと選定させて頂きました
ですが、少々気になる事がございます』


そう、気になる事があるのだ。
中書令の娘だけではなく、他の官吏の娘が――。


どうも人が違う。
何処から連れて来たのか知らないが、どう見ても血縁関係のない娘を王に差し出そうとしている。

これには流石に、と思った。
だから――。


「気になる事…?」

『ええ、王の後宮に入る為、多少の姿絵の改良は致し方あるまい
されど骨相から判断するに、どうも血縁関係にない娘を後宮に送ろうとする者がいる

何処の誰とも素性の知れぬ娘を、よりにもよって陛下の後宮に入れよう等とは……
全く、仙洞省を莫迦にするのもいい加減にして頂きたい』


語尾を強めて、チラリとその官吏へと視線を一寸向ければ、当の官吏はギリッと唇を噛み締めている。

大方、己が骨相やら観相をするとは思っていなかった様である。
これから何か仕掛けてくるだろう、と彩月は身の危険を覚悟した。







 

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -