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“王が臣の娘を?”

“ようやく我らの手を取られるか”



口々に上がる臣の心情に、玉座の王はただ薄っすらと笑みを貼り付けるばかり。
王と百官の様子をただじっと、彩月は見つめている。

妃の選定はする。
王にそう宣言し、それがお前の仕事だ、と言われた手前、仕事はしっかりと果たす。

だが、これからな誰の如く押し付けられる釣り書きや姿絵を思うと、今ですらゲッソリとやつれそうな気がしてならない。

仕方ない、と溜め息を一つ溢すと、言葉を続けた。


『陛下に忠誠を誓う方々はその証として、これぞと思われる姫を差し出されよ

また、妃の選定は仙洞省の仕事
入内前には須らくわたくしへの報告と共に、姫方の絵姿、名、年、生まれの月を添えた釣り書きの提出を願おう

陛下と相性の良い娘ならば、直ぐにでも入内の準備を
残念ながら、そうでないならば入内はご遠慮願う』


きっぱりと澱みのない声色だった。

誰であろうと、わたくしに無断で入内する事はまかりならぬ。
彼女の宣言には、こういう意味も含まれていた。


王に妃を差し出す事は王に忠誠を誓う事。
彩月への事前の申し出は、彼女を仙洞令君として遇して、“礼”を持って扱う事である。

これには色めき立った百官たちも静まり返った。

誰でも娘を後宮に入れられるわけではない。
仙洞令君たる縹 彩月の目がねに適う姫でなければならない。

王の膝下に下ると同時に、己たちが嫌悪してならない女令君にも頭を下げなければならなくなった。

王の世継ぎは誰もが望む事。
適うならば、自らの娘を王に嫁がせる事。
運良くば王の寵愛を得て、運良くば公子を産み。

運良くば太子となり、運良くば――外戚として権力を得る。


これは臣であれば、いずれもが抱く大望でもあった。
目の前に差し出されたその大望への近道。


特に、中級官吏達の目の色は一瞬にして変わった。
宰相位にたつなど彼らには叶わぬ事。
望み薄きもの。

だが、自分の娘であればどうだ?
いずれ娘が王の子を産み、その子が王位に付けば、外戚として猛威を振るう事が出来る。
そうすれば、外祖父として揺るがぬ地位を手に入れ、目障りな女令君に頭を下げる必要もなくなる。

面白い程よく出来た筋書きだった。


もちろんそれは、既に宰相会議に出席する様な高官たちも同じだった。
特に、彩月に世継ぎについての問いを向けた中書省長官は正三品上。

仙洞令君には幾許か劣るが、頭を下げる必要もない上に、未だ臣に対して距離を置く王を手懐ける絶好の機会であり、尚書令に就く足掛かりにもなる。

ニヤリ、と目を細めながら笑う様は、まさに一計を案じていた。
そして他の官吏よりも一番先に王への忠誠を誓う為、一歩前に出た後、ゆっくりと跪拝した。


「もとより、陛下が御即位遊ばされた時より忠誠を捧げておりましたが、改めましてこの場で宣言致しまます
中書省中書令・柳 猛徳 陛下の御代の栄達の為、心身をとして御仕え申し上げます」


ニヤリ、と王の口角があがる。

雄掠は分かっていた。
この男が一番先にこうして忠誠を誓ってくる事を。

今いる百官の中で、一番頭の切れる男でもあり、悪知恵の働く男でもあった。
この男をまずは、と思っていた彼にとって、まずは第一関門突破という所である。

王の笑みが深まった事に、柳 猛徳も心中で笑った。
中書令(おのれ)がこうして忠誠を誓った事にぬか喜んでいる王を、嘲笑うが如く。


(青二才がッ……まあせいぜい私の大望の為に役立ってもらおうか)


自身が王の掌の内にある事を知らぬこの男は、胸中でそう溢した。
上座で笑みを浮かべる王が、何を思って笑うのかも知らずに――。


「わたくしも御忠誠をお誓い申しあげます」

「わたくしも」

「わたくしも」


王の表情に、他の官吏たちも競うように跪拝し、忠誠の宣告をあげる。
負けじと宣誓する姿に、王は唯笑みを浮べるだけ。

そんな王を、彩月は胸中で毒づいた。


(ほんに、お人が悪い…)


これからの自身の多忙、そして危険を思いながら、彩月は静かに瞳を閉じた。

その横顔を、玉座の王がじっと見詰めていた。
ただ静かに、しっかりと――。







 

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