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“今日もいるのか?”

“全く、図々しい事この上ない”

“分際というものを弁えろ”

“女が宰相位とは世も末だ…”



相変わらず浴びせられる罵声に、彩月はほとほと呆れ帰っていた。
己が朝議や宰相会議に出席する様になってから、いったいどれ程経つのか…。

未だに彼女が令君席に座る事に不満を隠せない高官達は、彼女の姿を目に留めると口々に非難を浴びせた。


(相変わらず、毎度の如く同じ言葉か……
こやつ等には語彙と言うものがないのか?)


同じ様な言葉で罵声を挙げる官吏たちに、彩月は胸中でそう溢した。

はっきり言って、いい加減飽きたのだ。
同じ様な言葉を何度も言われれば、人間は慣れる。

もう少し別の言葉はないのか、と言いたかった。

彼女はこういった事には慣れていた。
自国にいた頃も、“家”でこういう扱いを受けていたからだ。


彼女は家の中でも、直系筋の娘だった。

彼女の家は元々女が権力を持っていた数少ない家だった。
いや正確には、古墳時代から女人が権力持っていた状態を、千年過ぎ様とも維持し続けている。

女が子を産めば、たとえ“種”が誰であろうとも関係なかった。

一族の娘が産んだ、ただそれだけで一族の人間と認められる。
女からすればかなりの好待遇ではあるが、男からすれば種馬か婿にしかなる他ないという、完全なる女系一族だった。

彼女は先の当主の娘であり、長女でもあった。
本来ならば総領娘として蝶よ花よと育てられ、姫様、姫様として多くの家人に傅かれていた。

だが、彼女は生まれて間もない頃に大病を患った。
そしてその病を癒す為に、一度“外の家”に養女として差し出されたのだ。

閉ざされた家において、総領娘が家を開けるなど、たとえ病であろうとも許される筈もなかった。


十七のとき、彼女は家に戻った。
だが、その時には既に、彼女の居場所など何処にもなかった。

あるのは、“外へ出た先の当主の娘”という肩書きだけ。

そこから彼女は一族の為に、家訓を、使命を全うする為に全てを注ぎ込んで生きてきた。
浴びせられる罵詈雑言。

いかに強靭な精神を持った彼女であっても、十七の少女だった。


(あの頃は…わたしもまだ若かった

そう、わたしとて……隠れてよく泣いた)


不意に少女時代を思い出した彩月は、瞳を閉じてそう囁いた。
誰もが寝静まった頃、一人庭園に逃げ出し、漏れる嗚咽を必死に押さえ込みながら、泣き続けた。

助けを求める相手もいなくて、本当に孤独だった。
出来る事ならば、幼少の頃の様に養母や義母と共に暮らしていたかった。

それでも血が騒ぐのであろう、一族の人間として、何かしなければならないと本能が突き動かした。

母の顔など、そう何度も見た事もない。
それでも思ってしまう。

母の様に――。
そう思って、泣いて縋る義母の手を振り切って家に戻った。


(お義母さんは…元気なのかしら?)


不意に思ったのは、養母の死した後、自分を育ててくれた母の事。
乳母として己に乳を含ませてくれた、あの優しい人――。

その人を傷付けて、泣かせて、そしていつの間にか七年が過ぎ…。
今はもう声所か文すらも届かぬ、遠い遠い場所にいる。




「―――陛下のお世継ぎに関して令君はどの様に思われるか、是非御聞きしたい」


一斉に百官の視線が彩月へと注がれる。
そこで我に返った彼女は、問いを向けた人物――中書省長官にツイと視線を返した。


―――ドクンッ…


彼女に問うた官吏は、不覚にも向けられた眼差しに胸をざわつかせた。
別に何か(やま)しい事がある訳でもない。

ただ、彼女の瞳と視線が交じり合った瞬間、身体中に電流の様な衝撃が走った。
それだけだった。

だが、何故か動悸が治まる事はなく、はやる胸を必死で隠しながら彼女の返答を待った。

中書省長官の心中など素知らぬ彩月は、一寸瞳を閉じた。
先日王から言い渡された言葉を思い返しながら、何と告げればよいものか、と苦言を漏らしていた。

そしてチラリ、と王を一瞥すると、渋々ながらも彩月は口を開く。


『陛下は…臣からの忠誠の証として、貴殿らの娘を迎えたい、と申しておられる』


その瞬間、シンとした静けさが辺りを包み込んだ。
続いて、ザワリと百官がざわめき立つ。







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