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「あれは公子にはせぬ
あれの母も、後宮には迎えぬ」


この王には珍しく、まるで拗ねた子供の様に言った。
それが少しだけ可笑しくて、可愛く思えて、彩月はフ、と口角をあげる。

だが、紡がれた言葉には納得できなかった。


『公子にせぬ、というのはどういう事でございまするか?
星からは母君の出自には問題ございませぬ

むしろ后妃としてお迎えするのがよろしいのでは?』


それとも何か――。
続きを口にしようとした瞬間、彩月の頭にある事が過ぎり、口を噤んだ。


「勘がいいな、その通りよ」

『後宮が…戦場と化しまる』


ジロリと、責める様な視線を向ける。
王が言いたい事は分かる。

この状況でそうする事は、手っ取り早く“駒”を手に入れるにはいいかもしれない。
だが――。


「分かったのならもうこの件について口を出すな」

『妃の選定だけはさせて頂きます』

「それがお前の仕事だ」


せめてもの意趣返しと思った言葉。
だが、事も無げに王は素っ気無く返した。

全く持って可愛げがなかった。
少しばかりこの王に、“可愛い”などと思った数分前の己を叱咤した。

全然可愛げなどない。
この王は戦いの火種を撒き散らす男だった。


(まだまだ乱世は終わらぬか……)


心中でそうがっかりそうに溢すと、彩月は席を立った。
それをじっと、まるで品定めをする様な視線で王は見つめる。


(何気ない所作も、この女にかかればまるで高雅な舞の様に見えるな)


いつ見ても彩月は美しい。
それは王も熟知していた。

だが王である彼ですら、これ程の美女は見た事がなかった。
己の妃もかなりの美女揃いではあるが、彼女ほどの女はいない。

本当に溜め息が零れる程美しい女。
だが、容姿の美しさもさることながら、彼女の所作、纏う空気が美しく、高雅だった。

そしてその最たるは、彼女の瞳。
まるで雷光の様な瞳だと、雄掠(ゆうりゃく)は思った。

だが今、その雷光の瞳は形を潜めていた。
己の言葉に諦めや哀しみを抱きい、眉根を寄せている。

憂いの女神、と称してもなんら可笑しくはない。
それ程までに彼女は美しく、そして高雅だった。

己のそんな思考に、雄掠は小さく笑みを浮かべる。
ただ、その笑みが嘲笑とは取れなかった。



「彩月」


執務室の扉に手を掛けようとした彼女を、王は呼び止める。
踵を返す事もなく、ただ少しばかり振り向き、視線だけで王を見る。


「本当の名は、何と言う?」


就任式以来、こうして二人きりになると、王は必ずこの問いをする。
それ程までに己の名が知りたいのか。
それとも単なる好奇心か。

彩月は分からない。
ただ、いつもながら同じ答えを口にする。


『こればかりは陛下にもお答えできませぬ』


そう言って、彩月は拝礼を行う事もなく、静かに退室した。
その後姿をじっと見つめていた王は、小さく嘆息する。


「陛下にもお答えできませぬ、か……」


小さな囁きは、どこか哀しげに聞こえた。
そしてその表情も、やはりどこか寂しげだった。







 

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