(2/4)



その表情に視線を一瞥させると、彩月はその横を通り過ぎて言った。
フ、と鼻で嘲笑する事も忘れずに――。


(全く……莫迦な男だ
地位や身分でわたくしの上に起てる筈もなかろうに…)


クツリ、と笑みを浮かべながら、深閑とした回廊を突き進む。
あんな罵声は今に始まった事ではない。

宰相会議に出席する度に、耳を疑いたくなる様な汚い言葉を向けられて来たのだ。
たかだか六部の尚書如きの戯言に、彼女の心が揺れる筈もなかった。


(それにしても、ろくな官吏がいないな…)


令君に着任してから、ずっと景色を眺める様な気で官吏たちを見ていた。
(まいない)に走る者、誰かを裏で殺し、その地位を手に入れる者。

本当にまっとうな官吏はいなかった。
分かっていた事だったが、こんな臣下ばかりではろくな政も取れないだろう、と王の苦労を思った。

そう、王は政をしているのだ。
先の王の様に歌宴に更ける事もなく、ただただ、傾く朝廷の機能を復権させようと奔走していた。

誰も従わない。
王はただ一人だった。
つい先頃までは、我先にと王の寵愛を得ようと誰もが王に付き従っていた。

だが、腐れ切った性根が戻る事はなく、今では王に誰一人として従っていない。
王は唯一人、玉座に座り、孤独に戦っていた。
臣下と――。




『陛下、失礼致しまする』


静かに入室すれば、書簡に囲まれた王が机案(つくえ)に陣取っていた。
訝しげな表情で書簡とにらみ合う姿に、フと笑みが零れる。
余程集中してるのだろう、己の入室にも気が付かぬ彼に、王としての期待が篭るのは当然だった。


「ああ、彩月か…」


ややあって、やっと彩月の存在に気が付いた雄掠(ゆうりゃく)は、申し訳なさそうに一寸静かに瞳を閉じた。


『御政務に身が入っている証拠にござりましょう
御気に召す事はございますまい……』


筆を置いて、乱れた服装を整える彼の前に辿り着けば、傍にいた侍官がそっと椅子を用意する。
この王宮でこの様な気遣いを受けるとは思ってもみなかった彩月は、至極嬉しげにその侍官に笑みを向けた。


「して、何の様だ?
世間話をしに来たわけでもあるまい」


手を仰ぎ、傍にいた侍官たちを下げさせる。
仙洞令君(おのれ)の登場に表情を引き締める彼に、ええ、と小さく答えた。

侍官が去ったのを確認すると、彩月は表情を変えた。
先程まで携えていた笑みは、どこにもない。


『単刀直入に申し上げまする

陛下、何故御子を後宮に迎えられないのです?』


瞬間、少しだけ王の表情がハッと綻ぶ。
隠し通していた筈なのに、という顔だった。

だが、直ぐに驚いた表情は身を潜め、もとの泰然とした表情へと戻る。


「やはり知っていたか…」

『ええ、星詠みを行いましたら、どうも陛下の星の下に小さく光る綺羅星がございました故…』


――星詠みか…


雄掠はそっと胸の内で囁いた。

縹家は神事の一門。
星詠みなどお手の物。

縹家相手にいつまで隠し通せるか、とは思っていた。
しかし、まさかこれ程早く露呈するとは全くの想定外である。

暫くは大丈夫だとは思っていたが、最早ここまでである。


走る沈黙。
燦々とした冷たい静けさが二人を包み込む。

交わる二人の視線。
互いが互いを牽制する様な、そんな眼差し。

そして、雄掠は観念したかの様に大きく息を吐いた。
渋々と、言いたくないが仕方ない、と言わんばかりの表情で口を開いた。







 

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -