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「瑠花が、大巫女が言っていた、縹彩月は縹家の娘にあらず、と―
そして、外の人間でありながら“時の牢”から現れ、己に匹敵する程の神力を持っている、とも…」


――真実(まこと)か?

コクリと彼女は頷いた。
事実だった。
縹家の誰もが彼女を縹家の巫女だと信じて疑わなかったが、紛う事なき事実。


「そうか……世にはまだまだ、計り知れぬ事があるのだな」


彼は静かにそう言った。
不意に彼の身体がガクリと崩れ落ちた。


『猊下ッ』


驚いた彩月は、直ぐ様立ち上がり彼の傍へと寄る。
大丈夫、という彼の表情は、青白くどこか冷たかった。


「死期が近いのだろう……
宝鏡の件では、情けない事に何一つ満足に出来なかった」


瑠花一人で凌いだ先の神器の一件。
令君でありながら、その役目も真っ当出来なかった自信を恨む様に言った。

清浄な地で育んだ身体は酷使を重ね、老いと共に悲鳴を上げていた。
当然の事である筈を、彼はまるで罪を犯した様な口振りだった。


『その為にわたくしは参りました』

「そうだな」


慰めの言葉を掛ける事もなく言い放った彩月に、彼は笑った。
そんな言葉を必要としていなかった自身の心を汲んだのか、それとも、ただ縹家の仕事をする為か。

どちらにせよ、彼女ならばこの貴陽でも、女という事で爪弾きにされながらも省官や各寺社を導いてくれると思った。


「彩月……あとは頼みました」


そういい残すと、まるで張り詰めていた糸が断ち切れたかの様に、彼はゆっくりと瞼を落とした。


久方ぶりに、ゆっくりと休める


そう胸中で囁きながら微睡(まどろみ)に誘われた。





数日後、眠ったままの令君は一度も目を覚ます事なく、常世の人となった。

穏やかな死に顔は、彩月という新たな後継者を得た事への安堵感からか。
はたまた、この数十年耐え続けた令君という重圧から解き放たれた事からから。
どちらかは分からない。


それから七日後、彼の葬儀がひっそりと行われた。

墨色の衣を纏い、黒い紗を纏いながら指揮をとる彩月の姿に、あれが新たな仙洞令君かと囁かれた。
新たな令君が女か、という侮蔑と好奇の視線が交じり合う中にも、彼女は気にも留める事もなく、ただただ彼の冥福を祈った。


その葬儀の中、時折上座に座す男に視線を向けた。

年の頃は、己より幾許か年上。
三十をいくつか過ぎていた。

顔付きは、中々涼しげな目元をしている。
(おおよ)そ、王を(しい)したとは思えぬ優男風な要望だった。

体付きも中々屈強で逞しい。
軍を率いるのだから、健康上も何の問題もない。

それから、王家特有の癖交じりの銀が混じった金色。


(璃桜の様な髪じゃな…)


癖こそないが、璃桜の髪の色によく似ていた。

間近で見た新たな王――紫雄掠(ゆうりゃく)は、そんな印象を受けた。
正妃は未だおらず、三人いる妃にも子はいない。

つまり、自身の最初の仕事はこの王に相応しい妃を入内させ、すべからく世継ぎを設けさせる事。


(…妃、か……)


脳裏に浮かんだのは、彼の血筋だった。
確か母は紫四門の葵家で、祖母は彩七家の内の黄家だった。
つまり、その二家以外の名門の娘。

正直、彩七家は避けたい所である。
この乱世、確かに七家の血は欲しいが、彼自身嫡流であり、血筋も申し分ない程高貴である。

この申し分のない王に、さらに七家の血が入るのは王家としても喜ばしいことだったが、いらぬ干渉は受けたくない。
特に紅藍両家は――。

王の要望や性格を考慮にいれてから。
彩月はそう留めた後、葬儀に集中した。







 

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