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ゆっくりと軒が動き出す。

大きく開かれた通路を通り、まるで暗黒の世界へ向かう様な中の様子に、傍にいた侍女は身体を震わせていた。
その様子に、直ぐに貴陽じゃ、と何事もないように告げた次の瞬間には、言葉どおり貴陽の外壁だった。


馬の蹄の音が、軽やかに大地に舞う。
一年中雪に覆われた万里大山脈とは違う。

軒の窓から入ってくる、春の訪れを感じさせる柔らかな風。
けれど、春の薫りはしなかった。

荒廃した大地からは緑の息吹きはない。
何処からか死体を焼く、鼻がもげそうな程の悪臭がその春の風に乗って漂う。

王都であるからには、それ相応に活気付いていると踏んでいたが、皆息を潜める様に細々と生きていた。


これ程までとは、と愕然した。
だが、これが己の仕事だと覚悟を決めていた彩月は、それを表情にこそ表さなかった。


(……王、か…)


(さき)の蝗害で責任を追及され、それをそ知らぬふりを通し続けた王は糾弾され、退位した。
正確には、それを理由に王位を望む輩に無理やり引き摺り下ろされたのだ。

唯でさえ食料が少ないこの時期に、戦を起こした。
王宮に攻め入り、歌宴に更けていた王を虐殺した。

それを行ったのが今の王。
新たに就いた王がどんな人物なのか、彩月は知らない。

ただ、嫡流であった三代前の王の孫であり、父が皇后腹の公子という事は知られている。
先王が謀反を起こした際に助命された公子が、紫州の末端を治めていた。

今度の王はその公子の子だった。
しかも正妃腹――母は紫四門が葵家の大姫と聞いている。

つまり、嫡流と言ってもいい公孫(公子の子)である事は確かだった。
血筋としては何の問題もない為、縹家及び仙洞省としては即位は認められる。

ただ、王が先の王と同じ愚王なのか、それとも賢王なのか。


そして何故この時期に……と疑問は尽きない。

いや、正しかった。
王を糾弾するならば、蝗害が起きた今が一番の好機である。

だが、兵を集め王を虐殺して王位に就いた。


父の無念を嘆いての謀反か。
それとも、民を思っての行動か。


蛮王か賢王か。

気がかりはそれだった。
この目で確かめるまでは、と死体の焼ける臭いを振り切りながら、軒は王宮へと向かう。





軒が歩を留めたのは、王宮の直ぐ傍にあるある区の邸の前だった。
縹家貴陽本邸である。

巨大な邸はしっかりと手入れがされており、先の令君、つまり瑠花の異母兄の決め細やかな性格が伺える。

大宮とは違う、どこか嘗ての己の家を髣髴とさせる部屋を細かく仕切った邸。
これがこの国の貴族の邸か、と胸中で囁いた。


『家令に荷物を運ぶよう伝えておくがよい
わたくしは至急、王宮へ向かう』


軒を降りた侍女と荷が積まれた軒を置いて、彩月は王宮へと軒を走らせた。
王への判断を下す為に。







王宮に辿り着いた彩月に待っていたのは、やはり男尊女卑という“外”の観念だった。
新たに就任する令君だ、と何度門番に伝えても納得しない。


「ここは王宮、女は入れねえんだよッ
仙洞令君などとふざけた嘘を吐きやがって!」

「なんと無礼なッ
こちらにおはすは、正式に縹家から遣わされた令君猊下(げいか)であらせられるぞ!」


侍従の言葉にも怯む所か、猶も嘘だ偽者だと声高に叫ぶ。
別段そこまで怒る事はなかろう、と侍従の様子に思うが、門番の汚い言葉使いに少しばかり(まなじり)が上がる。

その辺のゴロツキかと思う程のガラの悪さである。


(やはり、通路を開いて直接仙洞省に向かうしかないな)


男尊女卑の世界、戦前の己の国を髣髴とさせる状況に、彩月は胸中で苦言を溢した。
御史台へ連行される前にここから退散した方が良いと判断した。

いや、それ以前に御史台が御史台として機能しているかが危うい。
そんな事を思いながら、彩月は踵を返して軒へと乗り込んだ。

もとより門番を責めて立てるつもりはない。
この貴陽ではこれが“当然”なのだと思っていたから。


(邸に戻り、禁苑にて開門を行うか…)


嘆息付きながら軒を走らせると、彩月の脳裏から先程の門番の事など露と消え失せていた。
隣に座る侍従に様子に、少しばかり笑みが零れる。

こんな風に、縹家の者が自分を庇い立てしてくれるとは思ってもみなかった。
よそ者の分際で、新参者の分際で、と思われていると思っていた。

だが皆快く己を迎えてくれた。
流石はか弱気者受け入れる縹家の者たちだと感心してならない。







 

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