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―――旅たちの日


瑠花は高御座(たかみくら)に一族を全員を呼び寄せて、蓮の見送りに陣立った。

外の人間でありながら異能を顕現(けんげん)させ、縹家の志を持ち、誰よりも働き続けた彼女に対するせめてもの(はなむけ)


その中には、櫂瑜の姿はなかった。
それが少しだけ寂しさを煽った。

一人の侍女と一人の侍従を連れて、蓮は向かう。
三台の軒に全てが収まる程の少ない荷に、これだけか、と嘆く者もいた。


今の縹家に仰々しさなど無用。
王都の民を救いに行くのに、絢爛な物は不要だった。

何より貴陽は、縹家にとっての鬼門。
男であった先の令君ですら、肩身の狭い思いをしたのだ。
女の蓮が行けば尚更だろう。


「蓮……いや彩月、異母兄上(あにうえ)を、貴陽を頼んだぞ」


いつもながらの玲瓏な声で瑠花は言った。
けれど、どこか縋る様な気持ちが瞳を通して感じ取られた。

誰よりも気高く、誰よりも強い少女姫。
けれど、誰よりも弱く、脆い存在でもあった。


『かしこまりました
瑠花姫様も、どうぞお健やかに』


未だ各地で起こっている疫病や蝗害の後始末に奔走する瑠花を思っての言葉。
そして、一寸口を紡ぐ。
ややあって、ゆっくりと顔を上げた彩月は彼女だけに向ける慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


『御傍にいる以上に、役に立ってみせます
我が崇高なる姫、瑠花様の御為に……縹家の誇りの為に』


初めて会ったあの日と同じ言葉を、彼女に向けた。
誰よりも敬愛して止まない、ただ一人の姫。

彼女の為、彼女の誇りの為、縹家の誇りの為。
そして、嘗て自身が汚してしまった、己の“家”の使命を果たす為に。

己が己としてある為に、蓮は……彩月は行く。


「…そなたも……」


しっかりと頷くと、瑠花は開門を行う為にすっと瞳を閉じる。
貴陽の入り口まで続く通路。

だが、瑠花が正に通路を開かんとした瞬間、彩月はそれを留めた。
唯でさえ、先の宝鏡の件で身体を酷使している瑠花に、これ以上の術を併用させるのが忍びなかった。
だから――。


『瑠花様の御手を煩わせるまでもございますまい
貴陽への通路はわたくしが開きましょう』


そう言って溜めを作る事もなく、瞳を閉じて気を整える事もなく、いとも簡単に貴陽への通路を開いて見せた。


――流石は“開門の巫女”


誰かの小さな囁きが耳に届いた。
その言葉に、己を揶揄する言葉に自然と笑みが零れた。

己が面倒を省く為に、楽をする為に使用し続けた結果であるのに、なんと可笑しい事か、と小さな笑みを溢した。


『では瑠花姫様、行って参ります』


一寸柔らかく微笑むと、直ぐにその笑みは消え失せた。
軒に乗り込む為に踵を返した彩月は、冷めた眼差しを携えた修羅の如き形相だった。

これから唯一人で男系の貴陽へ向かい、民を救い、朝廷の機能を回復させに行く。
女如きがと吐き捨てられ、侮蔑の眼差しを向けられ、果ては乱暴を働かれるかもしれない。

王もそれを容認しているだろう。
自分の味方は誰一人としていない。

だが決して屈する事なく、遣り遂げてみせる。

確固たる決意。
それは、まさに戦場へと向かう荒武者の如き決意だった。







 

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