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気がつけば、遥か先まで闇が続く黄泉の世界と言える場所にいた。
先程まで、自分は屋敷の奥にある書庫にいたはずだった。

そう、いたはずだった―。


『ここは地獄か何かか?』


ポツリと女は呟いた。
地獄―それは、生前にて悪行を重ねた死者が行き着く場所。
普通に生きていた人間ならば、行かずに済む場所である。

けれど女は違った。
今まで己が仕出かしてきた事を思えば、当然の事だと嘲笑ったのだ。


“蓮、貴様よくも嵌めてくれたな!”

“この阿婆擦れがッ”

“よく抜け抜けと女当主の前に顔を出せたものだ!”

“蓮…どう、し、て…?”



これまで自分が切り捨ててきたモノが浴びせた罵声や今際の言葉が脳裏に木霊した。

別に悔やんでいるわけでもなかった。
何度思い直しても、己は同じ事をやった。

そして、誰よりも大切に思っていた少女にまた同じ言葉を口にさせるだろう。


“蓮…何故、何故だ?
何故、私を裏切らなかった
何故、私如きの為に……何故ッ!”



大切だった。
本当に大切だった。
なんとしても、彼女を守りたかった。

自分には出来ない事を、彼女ならばきっとやり遂げてくれると思った。
あの腐りきった忌まわしい“家”を、彼女ならば元に戻してくれると信じていたから。

けれど、そんな自分の期待が彼女を苦しめていた―。


『自業自得、というやつじゃな…』


小さな呟きが闇夜に響き渡る。

彼女はいつも『そう』だった。
いつも大切な人を苦しめ、悲しませ、そして最後にはその大切なモノを掌から零れ落としてしまう。

そして全てが終わった頃に気付くのだ。


『わしは、いつも最後に泣きを見るのじゃな』


もう一度、自らを嘲笑うが如く蓮は笑った。
瞳に涙を浮かばせながら―。





あれからどれ程の時が過ぎたのだろうか。
闇の世界にただ一人ポツンと取り残された蓮は、何をする訳でもなくただボーっと虚を眺めていた。

“普通の人間”ならば、何もない真っ暗な闇の空間にいれば、気が触れてしまうかもしれない。
けれど、不思議と正気を失う事はなかった。

それどころか―。


「助けに来た人の力を借りて出た娘はいたけど、自分一人で出られる程の力を得た娘も初めてね」


闇を照らす、一筋の光のような柔らかな声が言った。
ゆっくりと声の方を見れば、紅い傘を差した得も言われぬ美貌の姫が佇んでいた。

嬉しそうに笑う口元をそっと袂で隠す所作の美しさは優雅に優って高雅であり、まさに匂い立つ様な絶世の美姫。

古風な巫女装束を纏った美しい巫女姫は、ふわりと軽やかに蓮の前に降り立った。
まるで彼女の周りにだけ風が存在するかのように―。


『初めてお目にかかる、巫女殿
わしは蓮と申す』

「はい、初めまして」


すい、と足を正して座りなおして頭を下げた後、蓮は名乗った。
作法は違えど、流れる様な所作で礼をする姿は一目見て高貴な者と分かる。

降り立った巫女姫はふふ、と面白そうに笑うと、じっくりと目の前の蓮と名乗った娘を見つめた。


漆黒の髪に、しっとりとした白い肌。
すらりと伸びた四肢。
塗れた様な真っ赤な唇に、すっと通った鼻筋。

目の前に降り立った巫女姫に負けず劣らずの美しい娘である。
だが、何より美しかったのは彼女の瞳だった。
射る様な力強い、そう正に雷光の様な瞳―。


(まるで“紅仙”みたいね)


巫女姫の脳裏に、数十年も前から今もなお、縹家に囚われ続けている嘗ての戦友が浮かんだ。
彼女もまた、目の前の娘と同じ雷光の様な瞳をしていた。
全てを射抜く、力強い瞳。

数多の男をその心と共に射抜き、骨抜きにする。
そんな瞳を―。






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