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す、と瞳を閉じ、気を集中させる。

蓮が得意とする術の中で、通路を開きそれを通過する“開門”。
それは彼女と最も相性の良い術だった。

神力こそ瑠花には及ばぬが、殊この開門に関して、蓮は瑠花をも超える力を発揮した。
もっとも、相性の良いのもあるが、本人の自堕落な性格も相あまって、少しの移動にも開門を行い通路を通って移動するのだから、当然と言えば当然である。


開門の巫女、と呼ばれる所以はここにあったのだが、誰もその事実は知らない。

そして今も瑠花の座す高御座に向かう為、蓮は開門を行った。
柳玉が藍州に到着したのもあり、神具が落ち着きを取り戻し、瑠花にそれ程の負担がかからなくなっただろうと予想し、様子見に伺うためだった。

かっと目を見開いた瞬間、彼女の目の前には大きな幾何学模様が円を描きながら渦を捲いていた。
円の先に小さな穴が開かれると、直ぐに穴は大きなる。

冷たい、刺す様な荘厳な気に包まれた高御座に繋がれた通路だった。










瑠花は悩んでいた。

碧家に宝鏡製作を依頼した後、大分落ち着きを取り戻してはいた。
だからと言って休んでいる暇はない。

仙洞省令尹に誰を据えるのか。
それが悩みの種だった。

令尹は貴陽の守りの要であり、縹家の大巫女とは硬貨の裏表の様なもの。
どちらも欠けてはならぬ存在。


今その仙洞令尹――瑠花の異母兄――が欠けようとしていた。

彼は先の縹家当主の長子として生まれた。
“奇跡の子”の始めの御子として大いに期待され、男であるという事から落胆の情を向けられた。

だが、彼は男としてその期待に十二分に答え続けた。
しかし年月に抗う術はなく、彼も限界に近づいていた。

(よわい)五十を過ぎ、神力の衰え始めた彼の代わりを用意しなければならないのだ。



今の縹家に、彼の代わりが勤まる人物は三人。

一人は先の大巫女候補でもあった、巫女・柳玉。
二人目は未だ若くとも、縹家系の術者の中では随一の神力を持つ、縹門羽家の長子・羽羽。

そして三人目は、外の人間でありながら異能を顕現(けんげん)させた蓮。


まず柳玉が候補から外れる。

彼女には次代の大巫女を生んでもらわねばならない。
男系の根強い貴陽に行き、無体な暴行を受けて純潔を失えば全ては水の泡と化す。


その点を考えれば蓮にその心配は不要だった。
本人曰く、“歴史書に載るくらいの昔に子供を産んだ”らしい。

つまり処女(おとめ)ではないのだ。
こう言っては悪いが、暴行を働かれても何の問題はなかった。

何より、本人にそんな隙はない。
むしろそんな事をしでかす男の心配をしてしまった。

彼女ならば間違いなく、二度と女を抱けぬ体にするだろう。


そして、羽羽――。
彼が一番の適任かもしれない。

けれど、けれど……。


『わしをお遣わし下さいませ』


瑠花の懸念を吹飛ばすほどの玲瓏な声が耳に届いた。


「…蓮…」

『わしを御遣わし下さいませ、瑠花姫様』


揺ぎ無い瞳できっぱりと告げる蓮に、瑠花の心は揺れた。

瑠花の孤独を埋めてくれた蓮。
彼女を傍から放すと言う事は、母と離れる事と同じことだった。

果たして自分には耐え得るか――。
胸に生まれた不安に、瑠花は表情を歪めた。


“行かないで、置いて行かないでッ
傍にいて欲しいの
わたくしの孤独を埋めてくれた…


わたくしのお母様!!”



声にならない叫び声。
蓮に聞こえる筈もなかった。
けれど――。


『大丈夫ですよ、瑠花……』


それまで弾かれた一線を乗り越え、あの日と同じ様に柔らかな笑みを携えながら、瑠花を抱きしめながら蓮は言った。

溢れんばかりの愛情が、腕を通して瑠花に染み渡る。
どうして彼女は自分の欲しいと思う時に、欲しい言葉を、欲しい温もりを与えてくれるのか。


『離れていても、心は傍に…
傍をいる以上に心を、志を支えましょう』

あの時と変わらぬ言葉をくれる彼女に、瑠花の決意は固まった。
ゆっくりと、後ろ髪を引かれながらも彼女を腕から離れ、幼子の様な表情は大巫女のソレへと戻る。


「縹瑠花の名において命じる
そなたを仙洞省令君に任命します

また、令君に任ずるに当たって、そなたに新たな名を与える事とする
縹姓を与え、今日よりそなたは縹彩月と名乗るが良い

外に出ようとも、縹家の使命も、存在意義も変わらぬ
縹家の誇りを忘れずにあれ」

『御意、瑠花姫様』


この時を持って、蓮は瑠花に次ぐ仙洞省令君の地位と新たな名をを手に入れた。




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