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“よいか、蓮……わたくしは今から高御座に篭り異母兄上(あにうえ)の分まで凌がなくてはならぬ

本来ならば神器の一つや二つ何ともないが、全てがわたくしに来ている今、皆を動かすのは少々骨が折れる

蓮、わたくしの変わりにそなたが皆を動かすのじゃ
そなたならば出来る、必ず!”



今も猶、高御座にて気力を振り絞っているだろう瑠花の言葉が脳裏を過ぎる。

不安は尽きないが、彼女に任されたとう事実だけが、重圧に押し潰されそうな蓮の心を支えていた。

失敗するわけにはいかなかった。

瑠花が自分を信じて、代理を任せてくれた。
補佐ではなく、代理を。

安っぽい右手ではなく、右腕として使ってくれた。
変わりはきかない、そう言われている様な気がした。

それが何よりも嬉しかった。

だから何としてでも、瑠花の代理を勤め上げねばならない。


強く拳を握り締めながら、蓮は次々と命を下していった。
やるべき事は全て頭に入っていた。

誰が何と言おうとも、蓮は瑠花に次ぐ巫女の一人と成長した。
瑠花の代理を請け負う事が出来るほどに―。

そう、瑠花は彼女の能力を見越して指名したのだ。





身体中の酸素を全て吐き出すかの様な大きな溜め息をついた。
先程までの耳を突く様な神具の共鳴は影を潜め、今は突き刺さるほどの沈黙が漂っている。


(瑠花姫様は…ご無事であろうか)


蓮の胸中に浮んだのは、敬愛する姫の安否。

傍には羽羽がいる。
心配は無用だと分かっている。

羽羽は己と同じ、いやそれ以上に彼女を大切に思っていた。
璃桜が、櫂瑜が彼の口調を真似る程に、羽羽の心は深く、強く、大きなもの。


――わたくしの姫様…


縹家の大宮から覗く遥かなる黄昏。
余りの美しさに、涙が零れたほど。

その黄昏と同じ色の声で、羽羽は瑠花を呼ぶ。
初めてその言葉を直で耳にしたとき、蓮の身体は大きく震えた。

ぞっとする程似ていた。
嘗て自分に向けられた、ある男の声と―。


“…わたしのロザリー…”


『アレクシエル…』


不意に名が零れる。
羽羽と同じく、黄昏色の声で自分を呼び、愛した男。
未だ蓮の心を掴んで放さない男。

愛して止まない、ただ一人の男――。


大きく(かぶり)を振った。
当の昔に捨て去ったはずの記憶が、自身の心を蝕む。

一族の為に、たった一人の少女の為に文字通り全てを捨てた自分。
その自分に彼を思う資格はないのだ。

彼は自分を選んでくれた。
だが、自分は彼を選ばなかった。
愛より家を、一人の少女を選んだのだから―。


そして今また、自分は守りたかった少女を捨てて、瑠花を選んだ。

己の全てを捧げてでも守り、支えたいと願う姫。

尊敬、崇敬、尊崇、憧憬、畏怖、敬虔(けいけん)、粛然、(おのの)き…。

余りある彼女への思慕の念が、言葉では表せない程まで膨れ上がる。
その彼女を失うわけにはいかなかった。


(今度こそ守るのじゃッ…)


嘗て自身が壊してしまった大切な少女の心。
今度こそ守り抜く。

蓮の胸に生まれた決意は、何ものにも揺るがぬ強さに満ちていた。







 

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