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転換とは、前触れもなく訪れるものである。
それは蝗害の収束の報告を聞いている時に起きた。
南栴檀や各々の寺社の結束もあり、今回の蝗害はそれ程の損害を被らなかった。
民の精神的な傷は未だいえぬが、それでも回復に向かっていると知り、瑠花は安堵の息を零した。
次の瞬間―
―ドンッ―
凄まじい衝撃が瑠花を襲う。
余りの衝撃に椅子から零れ落ちる様にして膝を付く。
『瑠花姫様ッ!』
余りの衝撃に目の前が真っ白になった。
傍らに控えていた蓮の声に反応する事すら出来ない。
滲む脂汗、震える身体、乱れる呼吸が、その衝撃の凄まじさを語っていた。
傍にいる蓮の声が届かぬ程に、今の瑠花に余裕はなかった。
『一体何が…』
瑠花が声すら出せない程の衝撃など、神事系をおいて他になかった。
階下の神具が音をたてて共鳴を起こし、高御座にいる蓮の身体が粟立つ程鳴り響いている。
全身の毛穴がブチ開き、血管が大きく脈打つ。
何より、流れる血潮が沸騰するかの様に、熱く燃え上がった。
蓮ですらこれ程なのだ。
おそらく瑠花が受ける衝撃は己の比ではないと具に悟った。
すっと瞳を閉じ、集中力を高める。
フワリ、と蓮の周囲を柔らかな風が舞った後、幾何学模様が円を描く様に中に現れ、多くの通路が開かれた。
『誰ぞ!誰ぞおらぬのか!?』
声を荒げて人を呼び付けた。
《蓮殿ッ、瑠花様は!?》
返事を返してきたのは、やはりこの衝撃を感知した上位の巫女だった。
二十を幾ばかりか過ぎた凛とした巫女が、焦燥感に満ちた声で瑠花を安否を問う。
『ご無事じゃ』
間髪いれずに返した答えに、巫女の安堵の息が通路越しに聞こえた。
神具が焼け爛れた様なモノが向こう側に見えた事で、蓮は直ぐに神器に“ナニか”が起こったのだと悟った。
『何処で起こったのじゃ?』
《藍州です…》
『藍州、という事は――』
「宝鏡かッ…!」
蓮の言葉を遮る様に瑠花が口を挟んだ。
搾り出される様な声に、二人の眉間の皺が一層深く刻まれた。
指を動かすのですら辛いだろうに、瑠花は苦しみを振り切る様に強く拳を握り締め、大きく息を吐く。
『宝鏡が割れた、と…?』
訝しげな表情で問えば、瑠花が蓮の手を強く握り返した。
声を上げる気力もないのが伺えた。
それだけ宝鏡が鍵となっているのだと実感した。
蓮は講義や書物で知る彩雲国の封印の祠の綻びが、どれほどの事なのかを身を持って体験する事となる。
《至急、碧家に宝鏡の製作依頼を致します》
巫女の強張った声色が高御座に響き渡り、それが警鐘となって巫女たちを奮い立たせた。
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