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「どうしました?櫂瑜殿」


頬を赤らめ、まるで宝物を手に入れた様な恍惚の笑みを携えている友人を見つけた羽羽は、にこりと笑みを携えている。
ゆっくりと櫂瑜の視線が羽羽へと移り、彼は嬉しそうに笑みを深くする。


「今日、初めて名を呼んで頂いたんだ」


パチリと羽羽は瞬いた。
意外な返答に驚いた様に瞳を見開いたのだ。

何気ないこと。
けれど、羽羽はそれを笑う事はしなかった。

彼がこれまでに、どれほどのその事で悩んでいたかを、一番近くで見ていたのだ。
何度声を掛けようとも、蓮の視線を己に向けられるず、名も呼ばれない。

きっと名すら覚えてもらっていないのだ。


どうしたら名を覚えてもらえるか。

どうしたら名で呼んでもらえるか。


百面相を繰り返しながら彼は悩んでいた。
今までの女人とは訳が違う、恋焦れて止まない人を想って――。


“初めてお会いしたあの日、まるで雷光をこの身に受けた様な衝撃を感じました
まさに心を奪われた、と言うものでしょう”



自身の恋心を自覚した櫂瑜は、ポツリと羽羽に溢した。
一回りも年上の美しい彼の人を恋い慕う自分に呆れてしまった、と―。


“けれど、この想いを諦めるなど無理なのです”


涙ながらにこの吐露していた事を思えば、大きな一歩である。
自分と比べて、彼はなんと前向きな人なのだろうと羽羽は思った。

羽羽もまた、叶わない恋心を抱いているのだ。
絶対に触れる事など許されない、不可触の天女―。

か弱き者たちを擁護する、縹家の象徴たる姫。
男としての“欲”を抱いた事などない、と言えばうそだった。

こんな汚らわしい感情を抱く自分が嫌で、名を呼んでもらうだけで一喜一憂出来る櫂瑜が羨ましくて仕方がなかった。
嘗ては己もそうだった筈なのに。


“いつからだろうか……名前を呼ばれるだけで喜べなくなったのは”


以前は、それだけで幸せを感じられた。
傍にいるだけで、心が満たされていたのに――。


笑みを向けて欲しい。

触れて欲しい。

触れてしまいたい。


ハッと我に返った羽羽は、己の感情に身震いした。
浅ましい“雄”の感情――。

大いなる大巫女に向ける感情ではないソレに、情けなさと焦燥感が込み上げてくる。
傍にいたいのに、いる事が出来なくなっていく。

そんな己に羽羽は嘆き、そっと心中で囁いた。。


“…わたくしの姫様…”


憂いの表情を浮かべながら囁かれた言葉は、そして暁色の声は、誰の耳にも届かない。




To be continue...


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