(3/3)



『して、何処の家の若君かえ?』


櫂家当主が三男・櫂瑜、と少年は答えた。
櫂家と言えば、代々官吏を輩出した名門貴族であり、その当主も朝廷で高官に就いていると聞く。

いい噂は聞かないが、だからと言って悪い噂も聞かない。
凡庸な男なのか、それとも他の奸臣に紛れて噂が届かぬだけか。

どちらにせよ、大した男ではないのは想像に容易かったが、三男とはいえこの様に将来有望な子息がいたとは中々子宝に恵まれた男だ、と思わずにはいられなかった。


『そうか、櫂家の三の君とな…』


こっくりと笑みを深くして蓮は猶も続ける。


『縹家は男女、家柄問わずして学問を奨励しておる
かく言うわしもそれに習って学問を修めておるのじゃ

櫂家の三の君よ、縹家におる間の時を疎かにしてはならぬぞ
いずれ、そなたの将来を左右する事となろう』


要約すれば、縹家の人間に習って学問を修め、いずれは朝廷で任官した際には存分にその力量を発揮せよと言っているのだ。
かなり分かりにくいが、遠まわしに言う辺りが蓮らしい。

少年は半分程度の意味しか理解出来なかったが、しっかりと大きくと頷いた。










頭がくらくらする。

花の香りの様な、香の様な、不思議な香りが頭に紗をかける様に少年の身体を蝕む。
媚香か何かかと一寸思ったが、声の主を見て納得した。


突然呼び止められて振り向けば、仙女と見紛う程に美しい人が佇んでいた。
年の頃は二十の中ごろ。

振り向いた瞬間、少年は全てを忘れて見惚れた。
民の苦しむ声も、外の荒れ様も、その全てを。


透き通る様な白い柔肌。

紅く熟れた果実の様な唇。

濡羽珠の長い黒髪が頬にかかり、それが一層彼女の美貌を妖しくさせる。


妖艶な美女だった。
きっと後宮に住まう后妃も、妓楼の妓女たちも真っ青な美女だろうと思えた。

けれど、彼女の瞳と視線が合わさった瞬間、それが間違いだという事に気付く。
生い茂る睫毛の奥に隠された力強い眼差し。

闇夜に轟く雷光の様だと少年は思った。
妖艶な美女という印象を覆し、雷光の如き瞳は仙女の様な高貴さを印象付ける。

滲み出る色香も、漂う艶やかさも、しどけない仕草も、全てその瞳によって打ち消され、天上に住まう高雅の姫を思わせる。

不思議な人だと思った。
彼女の口から紡がれる言葉に導かれる様に、つらつらと言葉を並べる。


『して、何処の家の若君かえ?』


そう問われた少年は正直に答える。
後になって考えてみても、呪術か何かで操られていたのかと思うほど莫迦正直に口を開いていた。


「櫂家当主が三男、櫂瑜…」


何処の誰とも知れぬ麗人に名を示した己を、少年は愚かだとは思わない。
運命だと思ったから。

この出逢いはきっと、己の一生を左右する出逢いだと。
だから彼女の言葉にコクリと頷いた。

彼女の傍にいたくて、彼女を知りたくて。
彼女の全てを、少年は欲した。

これ程までに誰かを求めたの初めてだった。


まるで生まれ変わった様な感覚に少年は襲われた。




To be continue...


 →

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -