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一頻り巡回を終えた蓮は、眉間に皺を寄せながら胸中で毒付いた。


(相も変わらず朝廷は無視を決め込むか
全く阿呆な連中ばかりじゃな)


長く続く不作、旱魃、そしてその合間に起こる蝗害―。
民は疲弊しきっていた。

それを知っているにも拘らず、朝廷は何の対処もしなかった。

暗雲がどよめく様な一筋の光も差さぬこの時代。
不安に思うのは当然だった。

けれど、それを変え、民を導くのが朝廷の官吏の仕事。

その“官吏”が今朝廷にいないのだ。
全てから目を背け、歌宴にふける毎日。

棄てるほどの食料を飽きなく買い占める上流階級。
下々の者の手を躊躇なく振り払い、自分たちさえよければいいと態度で示す。


まるで自分が生きていた時代と同じだと、蓮は思った。
富裕層と貧困層の格差ばかりが広まり、政治家たちは賂(まいない)に足を運ぶばかり。

誇りも志もなく、上辺しか取り繕わぬ愚かな代議士。
国民が政治から目を背け、見限ったという事にも気付いていない彼奴らの集団。

本当によく似ていると思った。
すると、誰が名付けたのかは知らないが、今の時代を揶揄する言葉が脳裏に浮かんだ。


(“暗黒の大業年間”、か…
その通りよ、よく言ったのものじゃな)


蓮は皮肉げに笑った。










逃げ込んできた多くの民で縹家の社は一杯だった。
昼夜を問わず彼らは苦しみの声を挙げて止まない。

その中を、一人の少年が翔けて回っている。
蓮は不思議に思った。

何故なら少年は縹一門の人間ではなかったから。

年の頃は十と半ば。

柔らかな栗色の髪に涼しげな目元。
民に向ける笑みはどこまでも優しく慈悲深かった。


(外の貴族の子弟か……)


日夜歌宴に耽り、ろくな政をせぬ貴族たち。
その子弟にこんな風に民の為に奔走する様な気概があったとは、露とも思わなかった。

嬉しい誤算でもあった。
この国の貴族の若者中に、これ程清廉な少年がいようとは。


(この国の貴族も中々捨てたものではないな)


自然と笑みが零れてきた。
少しだけ“外”に対する希望が抱けた様にも感じる。

気が付けば、少年の方へと歩を進めていた。
臥せる民草を起こさぬ様にと、足音を消して近寄る蓮に気付いた少年はバッと警戒心を露に身構えた。

だが、蓮を目に留めた瞬間、呆けた様に固まった。


『そなた、何処の家の者じゃ?
かような時代、貴族の子弟が民の為に奔走するとはみあげたもの』


夜目にもはっきりと分かる白魚の如き手を伸ばし、少年の細い顎を捕らえる。
未だ我に戻らぬ少年の事などお構いなしに、蓮はとっくりと少年の顔を観察した。


『中々の美形じゃな、三年もすればよい男になろうて』


フフフ、と口角を挙げて笑う彼女に、少年は一瞬にしてボッと顔を紅く染め上げる。
瞬間、その反応に蓮はピクリと眦を挙げた。

不快とも取れる反応だが、少年は気付く事はなかった。


「…仙、女…様?」


ポツリポツリと囁く様に落とされた言葉に蓮はポカンと呆けた。
何を言われるかと思ったがまさか仙女とは、とプッと噴き出し、肩を震わせて笑い始める。


『ッ…ふふ、仙女か…ククッ』


それまで己の“顔”に見惚れて顔を紅くした少年に対する不快感はどこへやら、蓮は久方ぶりに声を挙げて笑った。

そして一頻り笑い終えた彼女は、ゆっくりと表情を綻ばせて微笑んだ。


『残念じゃが、わしは仙女ではない
縹家に住まう唯人よ』

「え?」


てっきり仙女が現れたと勘違いしていた少年は、己の勘違いに恥かしそうに頬を染める。
この御時世に、かように初々しく清清しい少年がいたのか、と蓮は一層笑みを深めた。







 

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