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「また蝗害かッ
全く、朝廷の無能さもここまでくると天晴れじゃな」


璃花は唇を噛み締めながら、吐き捨てるように言った。

王や貴族、朝廷の官吏たちは相も変わらず酒宴に耽り、意味の分からぬ詩歌を朗詠するだけ。

何度縹家が助言を告げようとも一切耳を傾けなかった。
それ所か、縹家が政に首を突っ込むな、と言ってくる始末。

民の悲鳴がどれ程が挙がろうとも、耳を塞ぎ続けるその性根の悪さには、いっそ清々しさすら感じた。

農民が飢え死に、親が子を食す。
恐怖の対象である筈の蝗害すら、民は食料とみなし血眼になって捕らえていた。


 ―食料が現れた―


中には蝗害の発生に狂喜乱舞し、飛蝗を追う者もいた程。

けれど、そんな悠長も言っていられなかった。
確かに飛蝗は食料にも成り得る。
だが、蝗害の発生は食物の全滅を確定させた。


この百年近くの間に、縹家信仰と共に朝廷が揺れた。
朝廷は機能を失くし、流通も滞り、まるで全てが止まったかの様だった。
蝗害の対処も、食糧の備蓄も、何も出来ない。


そう、縹家が栄えれば栄える程に朝廷は、王家は揺らぎ、堕ちていった。


いや堕ちたのは縹家も同じだった。
表向きは栄えていようとも、内は見る見るうちに堕落の徒についた。
それもこれも、全ては先の当主の愚行の所為だった。


「男とはなんと愚かで短絡な存在よ…」


クツリ、と嘲笑う様な笑みを浮かべて、璃花は言った。
己の身体を巣食う、醜い感情を吐き出すかの様にして―。


先の当主―璃花の父―により縹家信仰が民に広がり、縹家の地位は高まった。
民は縹家を崇め、貴族や官吏たちは揃って賂(まいない)を納めに来る。
縹家系の寺社や邸は、吐いて棄てる程の食料や財宝で溢れ返っていた。

貴族たちからの賂のお陰で縹家の懐が潤ったのは周知の事実。

けれど同時に、縹家の誇りを穢したのも、縹家の地位を貶めたのも、その当主だった。


“縹家は神事の一族であるが、政に関わらないのが定石
されど無関心であってはならぬ

朝廷の掌から零れ落ちた、朝廷の救えなかった少数のか弱き者を救う事こそ縹家の意義であり誇りである
何人たりとて、救いを求める手を振り払う事は許されぬ”



槐の約束を、永きに渡って守り続けてきた縹家とその一門。
それは先代も同じであった。
幼い頃は、誰よりも縹家らしい縹家の童であった。


人間嫌いで名高い、かの紅仙が気まぐれを起こす程の―。








多くの民が縹家系の寺社の回廊で脅え、肩を震わせていた。

外は蝗害で荒れ、草木一本生えておらず、誰もが世界の終わりを覚悟した。

けれど、残された体力と気力を振り絞った民は、ある場所へと向かう。


か弱き者たちを救う最後の砦――縹家。

この百年近くの間に激減した数少ない農民たちは、藁にも縋(すが)る思いで縹家に助けを乞うた。





縹家の社の中を、一人の女人が忙しく動き回っていた
震える農民に薬草を煎じて飲ませ、米から炊き出した重湯を飲ませ、一人一人声を掛けた。


『大丈夫じゃ、安心せよ…
ココにおれば何も恐れる事はない』


優しくも力強い声に、民の多くが安堵の涙を零した。


 ここなら大丈夫
 
 きっと自分たちを助けてくれる


朝廷、官吏の様に、自分たちを見棄てたりは絶対にしない。
確信めいたものを、その場にいた多くの者が抱いた。







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