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『そうでおざりますか』


平気だという答えに、安心したと言わんばかりに笑みを深め、そっと手を伸ばして瑠花の髪を撫でる。
彼女が何を求めているのかは分からない。

けれど、嘗ての己のように、大切だった少女の様に、“温かい手”と“優しい言葉”、“家族のぬくもり”を求めているのは分かった。
それをよく知らぬ己が、彼女を満たす事が出来るかは分からないが、それでも、それで彼女の心がほんの少しでも安らぐならば

それでいいと思う。
傍にいるだけでも、違うと知っているから。

それだけでも、彼女の心に光を兆す事が出来ると希望が持てた。


『姫様、二胡を弾いて下さいますか?』

「二胡?」


きょとんと瞳を大きく見開いて、瑠花は呆けた様に鸚鵡返しをした。


『姫様の二胡は、聴いていると心が浄化されているような気がするのです』


破魔の気を音に載せて、聴く者の心を洗う様な音。
それが瑠花の二胡だった。

彼女の二胡を聴いていると、内に巣食ったおぞましい感情も清浄化されていく。
己の心に日々蓄積されていく、過去の己への憎しみが和らいでいく。

だから蓮は強請る。
瑠花の二胡を、羽羽を腕に抱きながら。

嘗てある筈だった“幸せの象徴”を髣髴とさせる羽羽を膝に、瑠花の二胡を聴く事が今の蓮の心の支えだった。
これがあるからこそ、ここで頑張れた。

右も左も知らぬこの国で、一からやり直して新たに道を啓く為の大切なもの。
それこそが、“今”だった。


『弾いて下さりますか?』


とっくりと笑みを深める蓮に、瑠花は快く是と答えた。

大好きな蓮が自分の二胡を聞いて心休まるのならばいくらでも弾いてみせる。
羽羽が膝にいるのは癪だが、それでも他でもない己にそう言ってくれた事が何より嬉しかった。


「かまわぬ、そなたの為ならばいくらでも」

(……わたくしのお母様)


口には出さないものの、瑠花はそっと心中で囁いた。

きっと言える日が来る事などないと分かっている。
いまだ歳若い蓮に母などと呼べる筈もない。

だからせめて心の中だけでも。
彼女のに接するときだけでも、母と思って――。


そう思いながら、弓を弦に滑らせていく。
とたん、部屋の空気が一変する。

大宮に住まう妖しも揃って息を潜めるように身を竦ませ、白い子供たちは嬉しそうに瑠花の周りに集まっていく。


きれい、姫様の二胡はいつもきれい

ね、蓮、姫様の二胡はいつも優しい

姫様、もっと弾いて

姫様、お歌を歌って



次々と白い子供たちが瑠花に強請っていく。
それに答える様に二胡を奏で、歌を紡ぎ、音の調べを響かせる。

その光景が、蓮も羽羽も大好きだった。
瑠花が唯の少女となって、音で遊んでいる様にも思えてならなかった。

いつも一人孤独だった少女を、白い子供たちだけが傍にいれた。
彼らだけがいつも瑠花の“傍にいた”。

誰一人離れる事なく、瑠花の傍に――。


いつか、己も彼女の傍を離れる日が来るのだろうか。
人知れず、蓮は思った。

ちらりと膝に抱いている羽羽に視線を落とした。
誰がどう見ても、羽羽は瑠花を慕っている。

羨望と恋情。
いつしかこの想いに苦しむ日が来るだろうと分かっていた。

その時、姫様の傍に誰がいるだろうか。
誰が残っているだろうか。

自分がいるだろうか、羽羽がいるのだろうか、それとも璃桜か。
ただそれだけが、気がかりだった。

もう二度と、同じ轍は踏みたくない。
踏むわけには行かない。

新たに手に入れたこの“幸せ”を壊さぬ様に――。

蓮は二胡の調べに乗せて天に祈った。




To be continue...


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