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(…お母様…)


ポツリと心に浮んだのは、今まで誰にも告げる事のなかった言葉。
人生において、初めて紡ぐ言葉だった。


(お母様)


ただその言葉を紡ぐだけで、心は安らぎ、安堵感に満ちる。
続いて、言いようのない恋しさが込み上げてきた。

自分を見て欲しい

話を聞いて欲しい

抱きしめて欲しい


今まで思いもよらなかった“欲”が、次々と瑠花の心を染め上げていく。
それを告げたくて告げたくて、仕方がない。

なのに、己の矜持が邪魔していえなくて――それでも告げたいと願う己の葛藤に、彼女はふと気付いて、欲しい言葉と共に抱きしめてくれる。

それが一層、瑠花の心を依存させた。
瑠花が欲しくて欲しくてたまらなかった、たった一つの無垢な願い。

叶い始めたものの、人というのは貪欲な生き物で、もっともっとと貪婪になっていく。
羽羽を膝に抱くのも気に入らない。

今すぐ羽羽を追い払って、自分が彼女を独り占めにしたい。
そう願っているのに――。


(…何故、羽羽はいつもわたくしの心を乱す)


彼はいつもそうだった。
あの日からずっと、瑠花の心を乱して止まない。

今だってそう。
蓮を独り占めしたいのに、出来ない。
方法がないのではなくて、彼を追い出す事が出来ないのだ。

そんな自分が口惜しいのに、許してしまう己をどこかで当然だと思ってしまう。


『姫様、如何なされました?』


一向に返事を返さない瑠花に、不思議に思った蓮がいつのまにか目の前にいた。
熱はないか、どこか具合が悪いのか、と不安げに問うてくる姿に、悪いと思いつつも嬉しくて仕方がない。


「平気じゃ」


にっこりと笑みを浮かべる瑠花に、蓮はホッと安堵の息を浮かべた。

彼女の肩に縹家一門全ての期待と重圧がのしかかっている。
少しでもソレを和らげたい。
だから巫女の修行に取り掛かった。

たとえ一門を統率する大巫女であっても、安らぐ時があってもいいはずだ。
こんな風に、穏やかなときを過ごす事があってもいいはずだ。

十を幾ばかり過ぎたにすぎない幼い少女に圧し掛かる負担ではないと、そう思いつつも彼女に夢を見てしまうのはよく分かった。

嘗て自分も、“ある少女”に同じ夢を見ていた。
全てを捨てて、愛する者を捨てて、彼女に夢を見た。

愛していないったわけでも、大事に思わなかったわけでもない。
それ以上に、見たい夢があった。
だから涙と共にそれを捨てた。

けれど、捨てたものが多ければ多いほど、少女を苦しめてしまった。
重圧を和らげるべき存在の己が、彼女をより一層苦しめてしまった。

それが何より辛かった。
情けなかった。

だから彼女を泣かせてしまった。
その時ですら、彼女を慰める事をしなかったから。

だからあんな言葉を口にさせてしまった。
彼女の本心でもあり、一番言いたくなかったであろう言葉を――。


“蓮は鬼じゃッ、鬼女じゃッ!
我が子を捨てるなど鬼の所業としか思えぬ!

だからわたくしにも無理を強いれる!
弱気モノを切り捨てられる

そなたは鬼じゃッ!!”



言った後の彼女のあの表情を、蓮は一生忘れないだろう。
申し訳なさと、怒りが入り混じった様な、そんな表情。

それ以上に、彼女にそんな風に思われるまで追い詰めてしまった。
だから今度こそは――。

彼女の“心”を守ろう。
そう決めた。







 

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