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“父様……もう、あなたの時代は終わられたのです
今日より、わたくしが縹一族を率いまする
縹璃花の名において―”


“縹家は神事の一門なれど、そは本質にはあらず
古の槐の制約よりか弱き者の擁護者、最後の砦こそが我らの存在意義じ

誰であろうと、助けを請う者の手を振り払う事はまかりならぬ
それこそが、縹家が縹家たる誇り、絶対の不文律である

縹璃花の名において命ずる―
縹一門及び縹家系全寺社の門を開けよッ

人里に降り、人を助けるのじゃ
そして……縹家の誇りを、忘れるでない”



そして目の前の蓮と名乗った女が見た己の記憶。
己の言葉に身を震わせ、涙を流す女。


“こん、なッ…こんな方が、いらっしゃったなんてッ…”


目の前の女は、いったいどんな風に生きてきたのか。
璃花の胸に沸いた、蓮への好奇心だった。


「わたくしに会う為に……来たのか?」


ポツリと璃花は呟いた。
先程までの気高い少女ではなく、何かを期待するような幼子の様な声だった。

ゆっくりと顔を上げ、焦がれた“彼女”の花の(かんばせ)を見上げる。
揺れる瞳に、彼女の孤独が垣間見れた。


『はい』


溢れるほどの敬意を抱きながら告げた言葉に、迷いはなかった。


「何の為に?」

『あなた様のお志を貫き通す為、あなた様と同じ誇りを全うする為
そして、あなた様の孤独を和らげる為に……』


何者にも揺るがぬ決意を秘めた、雷光の如き瞳。
ゆっくりと花が咲く様に綻ぶ目と口元。

はっきりと紡がれた言葉に、浮かべられた微笑に、璃花の胸は大きく震えた。

ハッと璃花は踵を返した。
きっと自分は、今泣いている。
目の前の蓮が見た己とは別の、弱い己を見られるの事を厭い、背を向けた。


「そう、か……わたくしの為に…志、誇り、そして孤独の為に、…来てくれたか…」


震える声で囁かれた言葉に、蓮は無性に愛しさを感じた。

自分は何を見ていたのだろうか。
蓮は心に言った。

彼女の誇り高さ、志の高さに自分は惹かれた。
けれど、今自分の眼前にいるのは、年端もいかぬ“少女”だった。




「ふッ…ッ…う、うぅ…」


やがて、走る沈黙の中に璃花のすすり泣く声が広がった。

嬉しさから、安堵感から、璃花の頬を行く筋もの涙が伝う。
拭っても拭っても零れ落ちてくる涙に、もはや拭う手は留まり顔を覆うのみ。

触れることすら叶わぬ、そう思って少女が今、自分の前で子供の様に泣いている。
声を押し殺し、ひっそりと泣く姿が、自分が何よりも守りたかったある少女と重なった。

一族の期待を背負い、一人重圧に耐えてきた。
彼の少女と、璃花の泣く姿が重なった。


(なんと愛おしいのでしょう…)


それまであった、彼女のへの畏怖と敬意は、子を慈しむ母の愛へと変わった。

蓮は立ち上がった。
そして、眼前で泣く璃花をゆっくりと包み込むように抱きしめた。


『もう、お一人で泣く事はございません
璃花姫様…あなた様には、今日よりわしが御傍におりまする』


涙に濡れた顔で、璃花は蓮を見上げた。
今の璃花はもう、ただの子供でしかたなかった。

蓮はそっと璃花の髪を撫でた。
艶やかでしっとりとした、彼女の気性を表したような真っ直ぐな髪。


『どのような事があろうとも、決してあなた様の御傍を離れませぬ
この命続く限り、蓮は璃花姫様と共に…』


慈愛の篭った微笑。

親の愛を知らぬ璃花にとって、それは何よりも遠く、何よりも求めたもの―。
くしゃり、と璃花の顔が歪んだ。



「う、うわああぁぁぁぁぁ」


声を上げて、璃花は泣いた。
凍えた雛が羽鳥に寄り添うが如く、蓮の胸に抱きついた。
頬を寄せ、傷つき疲れ果てた我が子を慰めるように。

蓮は何度も、何度も、璃花の髪を撫で、抱きしめ続けた。



To be continue...


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