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コツコツと歩を進んでいくものの、人の気配は一切感じられない。
この巨大な宮で、“彼女”がたった一人でいるのだと思うと胸が痛んだ。


(早く、早く“彼女の”元へ…ッ)


巨大な宮の中をグルグルと迷宮の中を彷徨う中、ある場所にて蓮はある気配に気が付いた。
清らか、と言うには些か戸惑うものの、人と比べるには余りにも崇高な“気”。


もしかして―。


この崇高で厳かな“気”の持ち主が“彼女”なのだと、そう思うだけで胸の鼓動が高鳴る。
一刻、一寸すらも惜しくて、未だ制御が困難な“神力”を集中させ、“気”の気配を探る。


(深く、深く…もっと深い……見つけたッ!!)


カッと目を見開いたと同時に、それまで集中させていた“神力”を精一杯振り絞る様に開放させた。
次の瞬間、蓮の姿はなかった。
静寂な宮の、冷たい空気だけが、その場に漂っていた。




移動する瞬間に閉じていた目を開ければ、蓮の前には一人の少女が三段程上にある、高御座に座していた。

漆黒の髪と血の如き紅い唇

雪の様な肌

美しい少女姫の姿

蓮が先程あった巫女―蒼遥姫と名乗った巫女姫―にどこか面差しが似ていた。


「何者じゃ?」


ゆったりとした口調で、張りのある力強い声が高御座に響き渡った。
声を聞いた瞬間、蓮は心身ともにブルリと震え上がった。


(ああ…やっと御逢いできたッ)


胸に込みあがる歓喜の情。
捜し求めた“彼女”が今、目の前にいて、自分に言葉を向けている。
ただそれだけのことなのに、彼女は歓喜に涙を滲ませた。


「何者じゃ?」


再度、少女姫の言葉が投げかけられた。
震える身体を戒めながら、蓮はゆっくりと上座に座す“彼女”に向かって、静かに跪拝した。


『蓮、と申し上げます
崇高なる我が姫、縹璃花様……御目にかかる事が叶い、身に余る光栄に存じ上げまする』


ピクリ、と少女姫が反応した。
今始めて会う蓮と名乗った女。
己の名を口にし、我が姫と言い、しかも会えて光栄だと口にした。


何より気になったのは、彼女の持つ紅傘―。


もしや、と浮かんだのは、幼き日に父より閉じ込められた“時の牢”のこと。
まだ五つだった幼い羽羽が、自分を連れ戻しに来てくれた。

その時、羽羽が手にしていた紅傘。
ある巫女から渡された、と後に思い出すようにして羽羽は語った。
もしそうなら―。


ギュッと口を引き締め、璃花は立ち上がった。
ゆっくりとした歩調で段を下り、更に歩を進めて蓮の前で立ち止まった。
彼の巫女と同じ、優雅に優る高雅な所作を持って―。


「その紅傘…」


白魚の如き腕を伸ばす。
目の前に自身が憧れて止まない“彼女”がいるという事実に、蓮は一寸何を言われたのか理解できなかった。

けれど、差し出された“彼女”を手に、何を求めているのかを察した。
自身の右に置かれた紅傘を恭しく両手で持ち上げ、仰ぐようにして差し出した。

差し出された紅傘に手を伸ばし、微かに残った彼の巫女の“神力”を感知した。


(やはり…)


自身の思惑通りの事に、璃花はそっと胸中で囁いた。
続いてどこか嬉しそうに口元を少しだけ綻ばせた。

何に喜んでいるのか自分さえも分からない。
けれど何故か、目の前いる女が自分と同じだと悟り、彼の人から力を受け継いだ事を理解した。




触れる寸前、まるで敬意を表すように、そっと睫毛を揃え、紅傘を持ち上げた。
その瞬間―。


――ビリッ―


“自分一人で出られる程の力を得た娘はいたけど、“千刻”もせぬ内に力を付けた娘は初めてね”

“巫女殿は余程お暇なのですな
わしの様な異界の者に、この様に度々会いに来られようとは”

“わしは“彼女”の元へ行こうと思います
否、行かねばならぬ”

“あなたの思う通りよ
わたくしは……蒼遥姫、と呼ばれた頃もあったわねえ”



次々に璃花の脳裏に浮かんだ記憶。
延々と続く闇の中で交わされる二人の女の言葉。
それは璃花が思い浮かべた通り、彼の巫女と目の前に佇む女の姿。






 

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