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彼女が、蓮が現れてからの瑠花は変わった。
それまで瑠花に対して畏怖しか感じ取れなかった者たちは、その変化に戸惑いを隠す事はできなかった。


「蓮、蓮はどこ?」

「蓮殿でしたら、いつもの場所に」


この日も、瑠花は仕事を終えると蓮を求めて翔けて行く。
氷の様に美しい人形姫だった瑠花は、彼女が現れてからというものの、日に日に表情を得ていった。

縹家に大鉈を振るい、多くの血飛沫を浴びる姿は、冷艶と称される程冷めていた。
けれど彼女の前でだけ、瑠花は笑い、泣き、喜び、時には拗ねて、まるで人形の様に過ごしていた子供の頃を取り戻す様に“人間”になっていく。

それはこの大宮の空気を一変させるには十分だった。





『こちらですよ、瑠花姫様』


にっこりと微笑みながら茶器を扱う彼女を見つけ、瑠花はほっこりと笑みを浮かべた。
その笑みの愛らしさに、彼女の傍にいた縹家の侍女たちも思わず表情を綻ばせる。

縹家に来てからというものの、蓮は隠者の塔で読書にふけっている。
今だ続く疫病や蝗害、旱魃、不作から民を救おうと、彼女も必死なのだ。

そんな事をしなくてもいい、傍にいて支えてほしい、と瑠花は言うが、中々蓮は首を縦には振らず、終いには姫様の御役に立ちたいのです、と言うのがだから何も言い返せない。
渋々ながらも、彼女の勉学に瑠花は納得した。

丁度その時、柔らかな笑みを携えた少年が、茶器と菓子を持って室に戻ってきた。


「姫様、いらしていたのですね
姫様もお茶を如何ですか?」


ふんわりと笑みを浮かべる、十ばかりの少年。
肩口まで切り揃えられた亜麻色の髪に、翡翠の瞳。
柔らかな物腰に、幼子とは思えぬほどの聡明さ。

五年後が楽しみだ、と思わせるこの少年を、蓮はいたく気に入っていた。
時にはこの少年を膝に抱いて、共に書物を読む事もある。

嘗てある筈だった“幸せの象徴”との叶わぬ一時を、少しばかり求めて――。


「羽羽…」


ムッと瑠花の表情が剥れた。
自分が彼女を探してみれば必ず羽羽が一緒にいた。

一緒に勉強をしているのだ、と言われても、瑠花には納得できなかった。


(おのれ羽羽!いつもいつも、わたくしと蓮の邪魔ばかりしおって…)


それでも、彼を嫌いにならないのは蓮が羽羽を気に入っていて、そして己も彼を特別に思っているから。

五年前、父に幽閉されていた己を、羽羽だけが助けに来てくれた。
べそをかき、紅傘を手に転がり落ちながら“時の牢”に現れた羽羽を、瑠花は絶対に忘れないと心に決めた。

自分を求めてくれる者がいる。
腐敗した縹家を再興する力の奥底には、瑠花のこの想いがあったから。


けれど、それでも心の孤独は埋められなかった。
求めてくれる、それは嬉しかった。

だが、それだけでは寂しさが埋まる事はなかった。
莫大な神力を所持する瑠花の心を保つには、それだけでは足りなかったのだ。

人に過ぎたる力を持った彼女は、縹家内で神格化されつつあった。
誇り高さも、美しさも、聡明さも、それを裏付けるには十分だった。


だから彼女は弟を――男である縹璃桜を当主の座につけた。
傍にいて欲しくて。

だが、弟は出会った姫に心を奪われ、瑠花の事など心の片隅にすら住まわせていない。
瑠花はそう思っていた。

だから寂しくて、苦しくて、仕方がなかった。

羽羽がいてくれても、“子供たち”がいてくれても――。




『璃花姫様、茶菓子も如何ですか?』


にっこりと柔和な笑みを携えて、蓮は問う。
その笑みにどれほど瑠花が救われているのか、彼女は知らない。

自分を泣かせてくれ、ただの“子供”にしてくれた。
それは瑠花にとって初めての事で。

母の顔すら知らぬ瑠花ではあるが、それが“母”なのだと思った。
彼女に“母”を見た。







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