妓女ネタ5

2010/12/07 22:28



あれから十日が過ぎた。
けれど、玉蘭は一向に姿を現さない。

気になって仕方がないが、問い詰め様とも主人は最後まで口を割らなかった。
ただ、玉蘭は病で臥せっているという言葉だけが、虚しく雄掠の耳に響くだけ。


雄掠は嘉瑛楼を去った玉蘭を探そうと躍起になった。
けれど、彼女の本当の名すら知らぬ彼に探す術はなかった。

この時初めて、己が彼女の事を何も知らなかったのだと思い知らされた。









「そうか、今日も見つからなかったか」


部下の報告を聞き終えた雄掠はどっと大きな溜め息を溢した。
あれからもう五年が過ぎた。

横暴の増す先王を倒し玉座に着いた雄掠は、今日も今日とて玉蘭を探し出す為に影を派遣した。

けれど、あれ程の美貌を持った彼女を見つける事は今だ出来なかった。

ふと脳裏を過ぎるのは、この戦乱に紛れて彼女がもう常世の人となってしまったのではということ。

瞬間、雄掠の心を蝕む様に深い疑心が広がった。
それを振り払う様に大きく頭を振り、影たちを下がらせる。


(玉蘭…お前は何処にいる)


目を閉じれば直ぐに浮んでくる。
初めて会ったその日から、心奪われた愛しい女。

艶然とした笑み

艶やかな琵琶の音

闇空に煌めく雷光の如き瞳

何もかもが、色鮮やかに雄掠の脳裏を染め上げる。
決して色褪せぬ黄金と深紅色の思い出。


彼女を探し出したいが為に、玉座に着いたといっても可笑しくなかった。
それ程までに彼女が欲しかった。

だから雄掠は政務に勤しんだ。
そうすれば、彩八仙が己を認めて力を貸して、彼女の居場所を教えてくれるのでは、と――。

そんな浅はかな思いからの謀反、王の虐殺、即位、治世。

未だ現われないのは、それすらも彩八仙は見越しているのかもしれない。
最後の頼みの綱すらも、己を嘲笑うのか、と思わずにはいられなかった。






「いーろーはーにーほーへーどー」


小さな少女が、その身体に余りあるほどの大きな琵琶を抱えながら詩を口ずさむ。
覚束ない所作ではあるが、それでも音を外さずに一音一音正確に奏でることに、驚きを抱かずには射られない。

傍でそれを聞く女人は、目を細めながら悠然と微笑んでいた。

艶やかな黒髪に、白磁の肌。
そして、慈愛に満ちながらも煌めく雷光の様な瞳。

滅多に見ない美女が、この小さな少女の母親だった。
だが、面差しは全くといっていい程似ていない。

父親に似たのかと思われるが、その父らしき人物の姿は見えない。

癖のある銀色に一匙の金色を混ぜ込んだ髪色に、涼やかで知性を感じさせる翡翠の瞳。

本当に母親に似ていなかった。
そして、それがこの母の悩みの種だった。


(どうか…一日でも長く、この平穏が続きます様に)


何かに脅える様に彼女は我が子を隠し、国内を転々と渡り歩く。
己の身体を暴かれる事も厭わず、ただ平穏に暮らす為に。


少しでもいい。
ほんの少しでいいから、この子とこうして――。


嘗て捨てた“幸せの象徴”との生活が、これ程幸せなものだと思っても見なかった。
あの時違う道を選んでいれば、ずっとこういう日常を過ごせたのに、と思わずにはいられない。

それでも、今こうしてささやかながら愛する娘との生活に、幸せを噛み締めている玉蘭は、とっくりと笑みを深めた。


やがて来る、終わりの時をひしひしと身に感じながら。



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