妓女ネタ2

2010/12/03 23:02



「今日もいらっしゃられたのですか」


いらっしゃいまし、と言う言葉よりも先に、溜め息と共に玉蘭はそう呟いた。

娟妍(けんけん)と称される目の前の婀嬌(あきょう)、実は存外に捻くれていた。

だがこの捻くれた所もまた、彼女の魅力なのだ。



この嘉瑛楼に雄掠が足を運ぶようになって早二月。
彼は三日とせず彼女の元へ訪れていた。

出来るだけ他の男には知られたくない、と誰にも彼女の事を口にはしなかった。


けれど、人の口に戸は立てられぬ。
彼女の噂はその琵琶の音と月さえ霞む絶世の美貌と共に知れ渡り、瞬く間に男たちが嘉瑛楼の前へと連なった。

噂が噂を呼び、また彼女の美貌がその雷光の瞳と共に、噂以上のものだと知れば、また人を呼ぶ。



一月もすれば彼女は上臈妓女となり、今では御職を張る程の存在となった。
持ち前の美貌はもちろん、艶然たる琵琶の音に、どこから仕入れたかは分からぬ不思議な国の物語。

多くの男たちが彼女の虜となった。
一目でも彼女を見ようと、今日も嘉瑛楼の門前には野次馬の如く人が連なる。


けれど、嘉瑛楼の深遠と称され、滅多に人目に出ない彼女の姿を見る事は叶わない。
今日もどこかで、男たちの届かぬ恋詩が聞こえてくる。





「今宵はどんな話を聞かせてくれる?」


雄掠は必ず、はじめにこう言う。
彼女が語る不思議な物語が、彼のお気に入りだった。

琵琶を片手に、まるで歌物語の様に紡がれる物語に、雄掠はとっくりと笑みを深めて聞き入った。
ビョウ、と掻き切る様に強く弦を弾けば、それが物語の始まり。


『昔々、もうどの帝の御代の事かは分かりませぬが――』


それが物語の始まりの常套句だった。
どの物語を語るときも、彼女はこうして話を始める。

帝、と国の王を称するであろう呼称を、彼女はどうやって知りえたのか、もしかしたらこれは彼女の創作かもしれない。
そんな事を思いながら、雄掠は美しい声響に耳を傾けた。





『――そうして、落窪姫は若様と幸せに暮らしました』


最後に一度、ビョウと強く弦をかき鳴らし、弦を押さえて余韻を消した。
勿体無い、と思いつつもこういう惜しむ気持ちを掻き立てる彼女の所作や仕草に惹かれてしまうのだろうな、と笑みが零れた。


『おやすみになられたのですね』


呆れた、というよりも、可愛い子、と言いたげな溜め息が零れ落ちた。
寝台に身体を身を任せていれば、こうなるのも当然だった。

こんな風にあどけない寝顔で寝るとは思わなかった。

フフ、と笑みが溢れて来て、自然と手が月色の髪に伸びる。
少しだけ癖が入った髪は、なんともいえない不思議な手触りで、何度も撫でたくなってしまう。

いつも自分が先に落ちてしまい、彼の寝顔を見る事はない。
もう少しだけ、と彼の身体に掛け布を覆わせた瞬間、強く腕を引き寄せられた。


「私の寝顔は堪能できたか?」


ニヤリと口角を挙げて哂う。
それがなんとも魅力的で、ついクラリとよろめきそうだった。


『起きていらっしゃったのですか?
全く、お人が悪い…』


愚痴々々と不満をこぼせば、いつの間にか雄掠と寝台の間に挟まれていた。
もう何も驚く事はない。

この男はこういう事が本当に手馴れているのだ。
自分とて、それなりに場数も男数もこなしていたつもりだったが、上には上がいるようである。

ツツ、と指の背で撫でられる首筋。
其処に己の物だ、と主張する様に、紅い華を次々に咲かせていった。


『…ッ、ん…』


声を出すのは余り好きではなかった。
まるで自分が男に翻弄されている様で、我慢がならなかった。

けれど、この男にはそんな決意さえも簡単に奪われてしまう。

気が付けば、自然と声が漏れていた。
男を求める、淫らで浅ましい“雌”の声が――。


「…玉蘭…ッ、玉、蘭…」

『あん、あ、あぁ、はッ…ッあん!』


「お前は、本当に……美しいな…」


擦れた声で、途切れ途切れに耳元で囁かれる。
毎度の如く、雄掠はそう口にする。


(やめて!美しくなんかないわ、私は穢れているのよッ…)


零れる涙と共に、彼女の声なき声が叫ぶ。

それでも求めてしまう。
もっともっとと、強請ってしまう。


『…もっと、もっと…下さりませ』

「ッ…あぁ、お前の望むだけ…」


そうして、男と女は夜の帳に隠れて、蜜を交わしていく。
すれ違う心すらも、気付かぬままに――。



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