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キレイな満月…。

今日の月は一段と輝いていて、まんまるで、大きい。
絢芽はうっとりと満月を見つめた。
屋根瓦に寝そべり空を仰ぐ。静かすぎる夜には虫の音だけが木霊し、涼しい風がサーッと不規則に彼女の横を通り過ぎていく。

絢芽はこうして夜空を眺めるのが好きだった。
いったいどれだけの時間をそこで過ごしているのか、彼女はそんなこと考えたこともなかった。
もうすでに屋根瓦のひんやりとした冷たさはそこにはない。



「本当にキレイな月。セレ姉もそう思うでしょ?」
≪当たり前じゃない。誰の月だと思ってんのよ。≫
それもそっか。絢芽はそう言って目を細めた。
サーッとススキが揺れる音が聞こえる。

≪本当にマイペースよねアンタ。≫
セレ姉ことセレネーがそう言って呆れたようにため息をつくと、背中にある純白の翼が風のように消えた。
「マイペースじゃないあたしなんて、あたしじゃない。」
静かに瓦に降り立ったセレネーに視線も向けず、絢芽は再び目を細めた。
≪それもそうね。≫
セレネーもつられて目を細め、丸い月を見上げる。


本当にキレイな月…。
セレネーはこうやって夜空を見上げると、
いつも寂しいような懐かしいような複雑な気持ちになるのだった。


≪じゃあ私は葉明様に呼ばれてるから先に行くわ。≫
「ほーい」
≪あんまり長居してると風邪ひくわよ。≫
「ほーい」
ちゃんと聞いているのかしら。セレネーは苦笑いをすると静かに屋根瓦から姿を消した。



「またしばらく、こうやって夜空を眺められなくなるな。」
もうすぐ寒い冬がやってくる。
絢芽は寂しくなって思わず独り言を漏らした。
真冬の凍りついた瓦の上で、寒い風に吹かれるほどバカではないようだ。
自然とため息が漏れた。



「夜空が好きなのかい?」
ん?
風に運ばれ、どこからともなく聞こえてきた声。絢芽は反射的に体を起こすと辺りを見渡した。
しかし人どころか、霊気さえ感じられない。

「…気のせいか。」
絢芽は再び瓦に寝そべる。
「気のせいなんかじゃないよ。」
その声と共に少し強い風が絢芽の横を通り過ぎた。
「夜空が好きなのかい。」
「わっ!いつの間に!」
突然現れた人の気配に絢芽は再び慌てて起き上がった。
「今来たんだよ。」
少年はそう言って微笑むと静かに絢芽の横に腰を下ろし片膝を立てた。
自分と同い年ぐらいだろうか、星柄のマントを羽織り、耳には大きな星のピアスが揺れている。
「そっか。夜空好きだよ。」
数回瞬きをしたかと思うと、絢芽は何事もなかったかのように再び瓦に寝そべった。
どうやって登ったのか、いったい何故いるのか、そんなことは気にもならない様子だ。


少年はそんな絢芽の反応が不思議で、一瞬目を見開いたがすぐにほほ笑んだ。
「いつもこうやって夜空を眺めてるのかい?」
「うん。月が綺麗な夜はいつもこうしてる。」
「月?」
「そう、月。月はね、いつも違う顔をしてるから見てて飽きないんだ。大きさも形も輝きも毎日少しずつ違う。」
それに…。そう言って絢芽は言葉を濁した。目線は真っ直ぐ月をとらえたまま。

「月は心の中に溜まった何かをキレイにしてくれる。浄化しきれなかった何かを吸い取ってキレイにしてくれる。」
ふーん。少年はそういって目を細めて月を見上げた。
「あなたも夜空を眺めるのが好き?」
「あぁ。好きだよ。」
少年がそう言ってほほ笑むと、絢芽も同じようにほほ笑んだ。
そうしてしばらく二人で空を仰いだ。



どのくらいの沈黙が流れただろうか。
2人の周りだけ、とてもゆっくりと時間が流れているようだ。
その沈黙を破り口を開いたのは絢芽だった。


「あなたの心はとてもキレイだね。」
彼女の言葉に少年は驚いたように目を見開いたが、絢芽は相変わらず月を見て微笑んでいる。
2人の間をサーッと風が吹き抜ける。
少年はまさかそんなことを言われると思わなかった。
「僕の心がかい?」
「うん。」
「そんなことが分かるんだ。」
「分かるよ。」
真面目な顔で振り返る少女。その目は月明かりでキラキラと輝いていて、その言葉が本物だと教えてくれるようだった。


心が、キレイ、か…。
「その言葉、ありがたく受けっとっておくよ。」
絢芽はその言葉を聞いて、満足気な表情でまた月を仰いだ。


「おーい!絢芽―!いい加減降りてこねぇと、オイラたちで団子全部食っちまうぞ!」
「あー!それはだめー!」
室内から聞こえてきた葉の声に、ハッとして起き上がる絢芽。
そしてくるりと振り返ると長髪の少年に向き直った。
「一緒に団子食べてく?」
「いや、遠慮しておくよ。」
「そう…。じゃあまたおいで!」
いつもこの時間はここにいるから。
そう言ってコロコロと表情を変化させる絢芽、それとは対照的に笑顔を崩さない少年。
「あぁ。きっとまた来るよ。」
少年の言葉を確認すると絢芽は勢いよく立ちあがった。


「あたし絢芽!君は?」
少年は一瞬躊躇ったが
「僕の名前はハオ。よろしくね絢芽。」
そう言って目を細める。
「ハオか!よろしく。」
絢芽はそう言って右手を前に出した。
ハオは差し出された手に目をやると少し考え、なびくマントから自らの手を差し出した。


「ふーん。あれがあの夜神家の、ね。」
絢芽いなくなった屋根瓦に座り込んだ少年、ハオは小さく微笑んだ。
「相変わらず面白いな夜神の子孫は。」
その声は誰に届くでもなく、風と共に消えてなくなった。



それは絢芽が6歳になって間もない、満月の夜のこと。
こうして物語は幕を開けた。
いや…止まっていた物語は再び動き始めたと言うべきか…。



その後しばらくあの少年が再び絢芽の前に現れることはなかった。





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