(name change!)




「よく寝たー!」
絢芽は大地にしっかりと足を着き、雲一つない青空に向かって精一杯腕を伸ばした。
隣では同じようにホロホロが大きな欠伸をしている。
インディアンの文化を色濃く残す町、ヨンタフェ。
蓮と葉が眺めている大きな地図にはそう書かれていた。




そんな最中絢芽はふと昨日のことを思いだしていた。
あれ?
「ねえ、ホロホロ?」
「ん?なんだよ?」
「あたしたちいつの間にパッチジャンボから降りたんよ?」
絢芽の言葉に一同の動きが一瞬停止する。
パッチジャンボに乗った記憶は確かにある。
その中で大はしゃぎしていたことも、話した人も。
寝ぼけていて降りたことに気が付かなかったのか、それともパッチジャンボに乗った記憶自体が夢だったのか。
いや、そんなはずはない。少なくとも後者は有り得ない。


しかし、知らないのはこの中で絢芽ただ1人だった。



「そうだったな。
キサマに聞かねばならんことがある。」
「蓮、やめとけ。」
絢芽をキッと睨みつけ軽く武器に手を添えた蓮は、止める葉の声など聞こえていないかのようにゆっくりと絢芽との距離を縮めた。
絢芽はそれに怯える訳でもなく、蓮の様子を伺うと不思議そうに首を傾げた。
「キサマ、何者だ?」
「…ふぇっ?」




道を歩きながら、昨日自分の身にあったことを聞かされた絢芽は微笑した。
「えへへ、驚かせちゃったんだ。」
ゴメンゴメン。
といつもの調子で手を合わせる絢芽の姿に、昨日感じた違和感は微塵もない。
そして彼女は人差し指を立てると相変わらずの笑顔を見せた。
「あたしはセレ姉と術で契約を結んでるんよ。」
「「術で、契約?」」
詳しく話せと言わんばかり距離を詰める蓮とホロホロに急かされ、絢芽は再び口を開く。
「うん、契約。
普通霊を媒介に憑依させて具現化するには、術者のイメージが必要なのは知ってるよね?
この契約は生命を脅かす危機が迫ったとき、セレ姉はあたしの意識の有無に関係なくO.S出来るんよ。」


ちょっと巫力の消費が激しいのがデメリットなんだけど。
ねーっと陽気に笑う絢芽にセレネーは苦笑いを零す。
絢芽にとっては当たり前のことだが、他の4人は目を見開きあっけらかんとしているのだ。
それもそのはず。霊が自らの意思で媒介に憑依するというのは、シャーマンが霊を媒介に憑依させる“O.S”の原理を根本から覆すものなのである。


≪ただ、それには厳しい条件があるし、代償もある。≫
セレネーが付け足すようにそういうと3人の眉がピクリと動いた。
「何だ、それは?」
相変わらず鋭い目つきで問う蓮にセレネーは困ったように首を傾げた。
「それは企業秘密だよ。」
絢芽は人差し指を口につけニコッと微笑んだ。


とはいえ突然に自分たちの常識を覆すような事を言われて、“ああ、そーですか”なんて納得できるわけがない。
「ああ、そーなんか。」
「って!!何納得してんだ、葉!!」



ホロホロの的確な突込みに葉は困ったように首を傾げた。
「そーいやあ前にじいちゃんから聞いたことがあるんよ。
自分の意志に関係なく持ち霊を憑依させる巫術があるって。」
オイラには無理だって教えてくれんかったけどな。
葉はそう言ってウェッヘッヘッと笑った。


「そんなに難しい術なのか。」
「そりゃーこんな常識外れの術が簡単なわけないじゃない。」
<<霊に自分の体の主導権を握らせるなんて、常人が考えることではないのは確かね。
それにこの契約は、意識さえなければ眠っているだけでも相手の体を乗っ取れる。本来とても危険な術よ。>>
そう言ってセレネーは絢芽の説明に付け足した。


なるほどな。
蓮は訳が分からないなりに、昨日の状況を整理し納得するのであった。
その巫術があるからこそ、絢芽はあの極限状態でも安心して眠りにつけたのである。
そして、巫力の消費が大きな術故に中々眠りから目覚める事が出来なかったのであろう。


ただ、分からないことの方が圧倒的に多いことに変わりはなかった。
「結局のところキサマは、何者なのだ。」
望んですぐに習得出来る術でないことは、話を聞くだけで分かった。
相当の覚悟と精神力、そして巫力がなければ出来ないだろうことも。
だからこそ、大して強い巫力を感じないこの少女がそんな能力を使えることは矛盾している。
そしてもう一つ気になっていることがあった。ハオが言っていた“やっぱり面白い”という言葉…。
「あたしはあたし。それ以上でもそれ以下でもないよ。」
「真面目に答えろ。」


いつもに増して真剣な表情の蓮に、絢芽はシュンと肩を落とし遂に重い口を開いた。
「あたしの実家夜神家は、麻倉家と肩を並べる由緒ある陰陽の家系。
特に夜神は、昔から社会の最も暗い部分を支えてきた家系なんよ。」
いつも見せない真面目な表情で語る絢芽に一同の視線は集まる。
「まあ、未だに世間に出せない事も沢山あるし、特殊な巫術や呪術も沢山ある。
私が言えることはここまでかな。」


ごめんね。絢芽は両手を合わせると眉を潜めた。
「長年一緒にいるオイラも、夜神の家の事はそんなに詳しく知らねーんだ。
とにかく絢芽は強いけど、悪い奴でない事はオイラが保証する。」
葉が付け足すようにそう言うと、張り詰めた空気が徐々に溶けていく。
「それもそうだな。色々聞いてすまなかった。」
蓮は絢芽と葉の話を聞き、踏み込み過ぎてしまった事を後悔した。自分の家にも同じように人に明かせない事情があるからだ。
ホロホロもその場は納得せざるを得なかった。それに悪いやつではないと言うのは、一緒にいてよく分かっていた。


「さ!あたしの話は終わり!
早くしないとあっという間に3ヶ月経っちゃうよ。」
絢芽は重たくなってしまった空気を変えるように声を張ると、立ち止まる一同の前に立つと走り出した。
「ウェッヘッヘッ。絢芽らしいな。」
そうして絢芽たちはパッチ村の手掛かりを探すため、先に進むのであった。


しばらくして、絢芽は一旦みんなと別れヨンタフェの街をさ迷っていた。
なるべく旅がスムーズに行くようにという蓮の提案で、各々役割を決めて街を散策することになったのだ。
絢芽は今日泊まる宿探しを任され、街の中心近くを歩いていた。
「どこもかしこもお高いね…」
ポツリポツリとある宿の値段表を確認し、絢芽はため息を漏らした。
「下手すれば野宿かな。」
月や星空を眺めながら夜を明かすのも悪くないか。
絢芽はえへへと呑気に笑うと、近くにあった木の枝によいしょと腰を下ろした。


大きな木の枝はしっかりと絢芽の体を支え、地上では見えなかった景色を見せてくれる。
葉と葉の間からは小さく光が差し込み、風が木の葉を揺らす音は何とも心地よい。
「んー、風が気持ちいいね。」
≪本当、呑気なんだから≫
セレネーが呆れたように言うと絢芽は再び目を細めて笑った。



「ハオも隣に座りなよ。」
絢芽の言葉に導かれ風のごとく現れたハオは、笑顔で隣に腰を下ろした。
「気付いてたんだ。」
「気付くよ、そんな大きな持ち霊連れてたらさ。」
「これでも気配隠してるつもりなんだけどな。」
この町に居るであろう葉たちに気付かれると何かと面倒だからね。
ハオは、その赤い精霊を見ると優しい目をした。



ハオの優しい笑顔につられて目を細めた絢芽は、彼が見ているS.O.Fに視線を移した。
どんな炎よりも赤いその体は、まるで太陽のようだと絢芽は思った。
「最近よく会うよね。」
「そうだね。今日は少し君と話がしたくてね。」
あたしと?
絢芽は言葉には出さなかったものの、ほほ笑むハオを見て首を傾げた。


「フフ、驚いたんだよ。
君がもう夜神に伝わる古術をあれ程完全に習得していることにね。」
夜神の家に古くから伝わる巫術“迷憑夢術(メイヒョウムジュツ)”。
闇に仕えし夜神家らしい巫術だ。ハオは心の中でそう呟き口角を上げた。


デジャヴだ…。絢芽は短時間で同じ事を2度聞かれ苦笑いする。
「さっきも同じ事聞かれたよ。」
「夜神の家もいろいろ必死みたいだね。」
「そーなんかな。」
腕を組み唸る絢芽を見て、ハオはほほ笑んだ。



見た目にはまるで力なんて感じられないのに、ふとした瞬間に放たれる力は普通のシャーマンの巫力遥かに上回っている。
そして、そんな大きな力を持っていながら、それを表に出さないでいるのも彼女の力だろう。
始めは夜神の家の一人娘が、わざわざ遠く離れた麻倉で修行受けていると聞いて、少し興味を持っただけだったのにね。
まさかこれ程までに興味深いものだとは…。


君の能力は見れば見るほど不思議で、面白い。
だから…早く僕のモノにしてしまいたいな。



「また会いに来るよ、絢芽。」
そう言って木の枝から飛び降りたハオを追う様に、絢芽も木の枝から飛び降りた。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。」
「残念だけど、もう一つ行かなきゃならないところがあるんだ。」
ハオはいつも突然やってきては突然去ってしまう。
それはまるで風の様に、突然に…。
ハオと別れた絢芽は、そんなことをふと思いながら
再び宿を探すために歩き出した。


絢芽が葉たちのいるリリララの家に着いた頃
空はすでに闇に包まれキレイな三日月が輝いていた。





bookmarkorclap?

- 15 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -