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葉は目の前の光景に思わずため息を漏らした。
「いーやーだ!!葉の試合見に行く!!」
「オイラの試合より自分の体調の方が大事だろ?」
本日、葉のシャーマンファイト予選第3試合目が執り行われる。
もちろん絢芽もそのことを楽しみにしていた…のだが。
「38.7度…諦めなさい、絢芽。」
アンナにそう言われ足の力が抜けたようにへなへなとその場に座り込む絢芽。
そんな…葉の試合見たさにわざわざ上京してきたのに、一試合も見ることが出来ず予選が終わっちゃうなんて…。
絢芽は膝を抱え、まるで拗ねる子供のように部屋の隅でぶつぶつと文句を漏らした。


最近絢芽が無理に元気に振る舞っていることには葉もアンナも薄々気付いていたが、触れることで余計に無理をし始める可能性があったのであえて触れなかった。
しかし今日は、特に様子が変なのだ。
トローンとした目、血色の悪い顔色、フラフラと力の入っていない足取り…。
さすがにこれはダメだろ、直感でそう思ったら案の定の高熱。
葉は、この世の終わりだと言わんばかりに落ち込む絢芽を不憫に思い、頭に優しく手を置き視線を合わせてほほ笑んだ。
「絶対勝ってくるから。
な、阿弥陀丸。」
≪そうでござるよ絢芽殿。
拙者たちにはまだ本選が残っているでござる。≫
「分かった。」
葉と阿弥陀丸の必死の説得の結果、渋々絢芽は首を縦に振るのだった。



「ひーまー。」
≪ちょっとくらい大人しく寝てなさいよ。≫
セレネーの言葉に、絢芽は不服そうに口を尖らせた。
セレネーはそんな絢芽の姿に、いやな予感がしてならなかった。
そしてその予感が見事的中することになる。
「あ、開会式。」
急にむくりと布団から起き上がったかと思えば
そう言って立ち上がり、ガサガサとカバンからマスクを取り出し始めた絢芽。
セレネーはそんな主を無理に止めようとはしなかった。
止めても無駄と言うことは長年の付き合いからよく知っている。
自分の主は一筋縄で行くような相手ではないのだ。


≪開会式にしちゃあ早すぎると思うけど?≫
呆れたようにため息を着くセレネーを気にも留めず、絢芽はいつもの巫女服ではなく上京後に転校した森羅学園の制服に袖を通した。
≪葉の所へ行く気?≫
やめときなさいよ。そんな意味合いを込めて絢芽に尋ねる。
「葉の集中力を切らす様なことはしない。
言ったでしょ?開会式に行くんよ。」
行くよ。とただそれだけ言い背を向ける絢芽の姿にセレネーは小さくため息を漏らす。
しかし、自分にはどうしようもないこと。
セレネーは言われるがまま主の背中を追った。



「やっぱりね。」
もしかしてとは思っていたけど、やっぱり。
絢芽はニヤリと口角を上げ、開会式会場にある比較的小さな画面の前に腰を下ろした。
開会式と最終戦が一緒の日に行われるということは、観戦スペースがあるのではないか、そう思いついた絢芽の勘は的中していた。
「葉いけー!あー!わー!」
絢芽は画面を食い入るように見つめると、周りの目も気にせず葉の応援を始めた。


叫ぶ絢芽を呆れた様に見つめながら、セレネーは少しホッとする。
幸か不幸か体調が悪い彼女の叫び声は、普段のそれと比べてだいぶ大人しめなのだ。
とはいえ、この静かな会場で声をあげているのは自分の主だけ。
セレネーは頭を抱えつつ、周囲を見渡した。


そこには、目を細め白い目で絢芽の方を見る者、こちらを見て親しいものとひそひそ話をする者、指をさし奇異の目を向ける者…。
恥ずかしい。
セレネーは出来れば他人のフリがしたいと思ったが、時々こっちを見て
「セレネー今の葉の技よかったよね!」
と同意を求めてくるものだから、それは無理だと悟った。
それに、こんなシャーマンだらけの場所で体調の優れない主を置いていく訳にもいかない。
そんなことはお構いなしに相変わらず画面を見つめる主の背中に視線を落とすと、身をすくめた。
大人なんだか子供なんだか…。
セレネーがそう思った時、背後に誰かが近づいてきているのを感じた。



「おいそこのガキ。」
しかしその声は集中している絢芽には届かない。
「おい、ガキ、てめーだよ!」
そう言って肩を力強く掴まれて、やっと絢芽はゆっくりと振り返る。
そこには長身で体格もよく、いかつい顔の男が絢芽を見下すように立っていた。
「邪魔なんだよ、どけ。」
「…」
「てめぇ、どけっつってんだろ!?」
絢芽は自分より大きな男に怯むことなく、その男をキッと睨みつける。


男はそんな少女の姿が勘に障ったのか眉間に皺を寄せ
「ここはガキの来るところじゃねぇんだよ。さっさと失せな。」
声を荒げた。
しかし絢芽は何を言われようとその場を離れる気など毛頭なかった。
むしろ観戦の邪魔をされたことに苛立っていたため、その場を動かないどころかさらに鋭い目つきで男を睨んだ。


2人のやり取りをすぐ横で傍観していたセレネーは固唾を飲んだ。
ただでさえ絢芽は今体調不良なのだ。
いつもは優しさの塊ともいえる絢芽も、怒ればまるで別人と化してしまう。
≪(わ、私しーらない)≫
セレネーは絢芽の額に浮かぶ怒りマークを見た瞬間サーッと血の気が引くのが分かった。
ご愁傷様です。
怒りで暴走する主の姿が頭に浮かび、セレネーは両手を合わせると、逃げるように背を向けその場から距離を取った。



殺気立った絢芽は、男の手を振り払うと男を無視する様に再び画面に視線を移した。
なぜ誰とも知らない男の指図でこの場を譲らなければならないのか。
そもその画面ならここ以外にもあるではないか。
男は反抗的な少女の態度に苛立ち、拳に力を込め大きく振り上げた。


「そのへんにしときなよ。」
その声になぜか男はピタリと動きを止め、後ろを振り返った。
それと同時に絢芽も声のする方へ振り返る。
絢芽が目を凝らして男の背後を凝視すると横からチラリと栗色の長髪が見えた。

「本当に困ったもんだな。
お前の懐はこんな少女の言動を許せないほどちっちぇえのかい?」
そう言って少年はニッコリと笑ったが、男にはまるで笑っているようには見えなかった。
穏やかな物腰で放たれた言葉、微笑む表情、まとっているオーラ、全てに殺気を感じる。逆らってはならないと自分の直感が言う。


コイツに指図したらコロサレル。
男は身の危険も感じ舌打ちをすると、苦い顔のままその場を後にした。


唖然とその様子を見ていた絢芽は熱のせいか、急に頭に登った熱が冷めたせいか妙にぼーっと視界が歪んでいるのに気付いた。
しかし、絢芽は掠れる視界に映る少年に確かに見覚えがあった。
「ハオ…?」
「やあ、絢芽。」
ハオ…だ。
絢芽が捉えたハオの笑顔はもういつもの穏やかな笑顔だった。
絢芽はそれに答えるように力の限りほほ笑んだ。



目の前のハオが何かを言っているのが見えるが声は聞こえなかった。
掠れる視界は徐々にその存在の有無さえ曖昧にして、知らぬ間に絢芽の意識は闇の中に消えてしまった。




…ん?
絢芽は誰かに髪を優しく撫でられる心地よさにゆっくりと重たい瞼を開けた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
自分はあの後どうなってしまったのだろうか。
そんなことを考えられるほどの余裕は絢芽には残っていなかった。
「目を覚ましたみたいだね。」
やっとそこにいる人物の姿を捉えた絢芽の視界に移ったのは、優しく微笑むハオの姿だった。
「おはよ。」
絞るような声でそういう絢芽の姿に、ハオは顔をしかめた。
「だめだろう。こんな体で無茶をしたら…。」
荒い呼吸をし頬を赤らめる絢芽の前髪を掻き分け、額にそっと手を添える。
「ひどい熱じゃないか。」
「えへへ」
自分の心配をよそに目を細めて笑う絢芽に、ハオは呆れてため息を零した。
「早く帰って眠ったほうがいい。
パッチの奴らには僕が言っておいてあげるよ。」
「ありがと…」
再び微笑み、意識を手放そうとする彼女の華奢な身体を支える。
細身の彼女の体はいとも簡単にハオの胸に収まった。
ハオはスースーと寝息を立てて眠る少女の髪をもう一度優しく撫で、顔をしかめた。
今なら簡単に僕のモノにできるのにね。
しかし、いくら顔見知りであるとはいえ、まだ2度しかあったことのない自分に
こうも身を委ねられると逆にそう言う気にはなれなかった。
「まあいいや…。行こうかセレネー。」
ハオはそう言って、横で心配そうに主の様子を伺う彼女の持ち霊に声をかけた。
そうして軽々と絢芽を持ち上げると屋外に出て自分の持ち霊であるS.O.Fの背に飛び乗った。




「君の主人はいったいどうなってるんだい?」
夏の暑い日差しに生ぬるい風を受け、風に長髪をなびかせながら
ハオは壊れ物を扱うかのように優しく絢芽の髪を撫でた。
こんな体で無茶をしたり、喧嘩を始めそうになったり、無防備に他人に身をゆだねたり…。
ハオは正直彼女の行動が理解できなかった。
僕が善人だなんて保障どこにもないじゃないか。

≪この子はただの馬鹿よ。バカに素直で正直でマイペース。≫
「ハハ、そのようだね。」
≪でも、絢芽は誰にでも心を開く人間ではないわ。≫
「ふーん。そういえば彼女には2度心がキレイだと言われたよ。」
相変わらずの笑顔で、おかしな話だろう?と言わんばかりにこちらを見るハオの姿にセレネーは分が悪そうに目を細めた。
≪絢芽は嘘はつかないわ。≫
「フッ、君たちは本当に面白いな。」
≪それはどうも。≫
腕を胸の下で組み顔を背けるセレネーの姿に、ハオはさらに微笑した。

今はまだ焦らなくてもいいさ。
いずれ君は僕のモノにしてみせる。




次に絢芽が目を覚ましたのは民宿炎の自室の布団の中でだった。
耳には何やら賑やかで楽しそうな声が聞こえてきたが
まだ体はだるく、全身が悲鳴を上げるように痛かった。
もう一眠りしよう、そう思った瞬間、耳に届いた葉の声に絢芽はハッとして飛び起きた。


「葉!!試合の結果は!?」
バッと開かれた扉に一同の視線が集まったが、絢芽はそんなこと気にはしなかった。
「おぅ絢芽!もう大丈夫なんか?」
「それより、試合の結果!!」
「あぁ、無事に本選進出だ。」
嬉しさのあまり興奮した絢芽が、その後体調のことも忘れ一同と共にお祭り騒ぎをし
その後もしばらく体調不良に悩まされたのはそれからすぐ後の話だった。
そんな主の姿にセレネーはため息を漏らすと同時に、先が思いやられてならないのであった…。

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