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もうそんな季節か…。
絢芽がいつものように夜空を仰ぐと、そこにはいつもと違う空があった。

「月もキレイだけど、天の川もキレイ…。」
最近はこうやってのんびり夜空を見上げることもなかったんだな。
夜空は季節の移ろいを教えてくれる。
東京に出てすぐのころは、屋根瓦で葉や阿弥陀丸と夜空を見上げることもしばしばあった。
しかし最近は、学校に家事に修行にと忙しい日々を送っていた。
それに…
「やっぱり出雲の夜空は格別だ…。」
民宿炎は東京の中でも、比較的星や月はキレイに見えるのだが、やはりココには敵わない。

絢芽は手を精一杯広げ、大きく伸びをするとゆっくり目を閉じた。
キラキラ輝く星も月も姿を消し、吸い込まれんばかりの闇が広がる。
葉は今これを遥かにしのぐ闇の中で、己と闘っている。
人は誰しも心に闇を抱えている。
“ヨミの穴”で過ごす時間は、常にその心の闇との戦いだ。
絢芽は祈るような気持ちでギュッと目を瞑った。




「今日は一段と星がキレイだね。」
「うん。ほんとにキレイ…え?」
ゆっくりと目を開け、キラキラ輝く夜空を見つめた絢芽は
突然聞こえた自分以外の声にハッとして辺りを見回した。
「やあ。」
「わっ!いつの間に!」
絢芽は思わず肩を震わせた。
見上げると、そこには自分と同じくらいの年の少年が立っていた。
「今来たんだよ。」
そう言って少年は、白いマントと栗色の長髪を風になびかせ微笑んだ。
「そっか。」
絢芽は一瞬目を見開いたが、直ぐに目を細めた。少年は微笑む絢芽の横に腰を下ろし、片膝を立てる。


「君はあの日と全く同じ反応を返すんだね。」
「えっ?」
「まさか、僕のこと忘れたのかい?」
君が一緒に月を見ようと誘ったのに。
少し悲しそうな少年の笑顔を見て、絢芽は慌てて首を横に振った。


「覚えてるよ。突然のことでびっくりしただけ。」
それにあの日から何年経ったと思ってるんよ。
絢芽が口を膨らませると、少年は困った様に笑った。
「それを言われると何も言えないな。」
あれからもう10年。容姿も背丈もあの頃と変わっている。
逆に覚えていることが不思議なのだと、少年は思い直した。


「絢芽はどうして僕を覚えてくれてたんだい?」
「逆にハオはどうして10年経った今、ここに来たの?」
質問を質問で返され、少年ハオは不覚にも戸惑った。
「特に意味はないよ。」
こんな風に対等な立場で会話をするのには慣れていない。ハオは戸惑を隠す様に笑顔を崩さずそう言った。
「ふーん。」
絢芽はハオの質問に答えることなく、そう呟くとまた夜空を見上げた。
風のように自由な彼女に、ハオは思わず小さくため息を漏らした。



「君といると、ペースが乱されてしまうよ。」
葉といい、絢芽といい。僕がペースを崩されてしまうなんて
「悔しいな。」
ハオはそう呟くと、相変わらず空ばかり眺める絢芽の手首を掴み、強制的に自分の方へ視線を向けた。
「せっかく10年越しに再開したのに、冷たいじゃないか。」
クルッと簡単に向きを変えられてしまった絢芽は、一瞬ボカンとしてハオを見つめたが
「ごめんごめん。」
と直ぐにいつもの笑顔に戻る。


やっぱり掴めない。
自分にそんな風に接してくる人間に、もうずっと出会ってこなかった。
出会うものの大半は、恐れるか、媚びるか、威嚇するか。その存在の大きさ故に、ハオにとって絢芽の様な人間は珍しい存在だった。
ハオは彼女の笑顔を見て、また困った様に小さくため息をつくと、そのまま掴んだ手を自分の方に引き寄せた。
「へ?」
絢芽の間抜けな声が漏れ、小柄な絢芽の体は、いとも簡単にハオの胸の中に収まる。
夏の暖かな風が通り過ぎ、ハオのマントがヒラヒラと靡いた。


「どうしたんよ。ハオ。」
絢芽の体を抱き寄せながら、ハオは彼女の次の反応を待ったが、それはまたハオの予想とは違うものであった。
「寒い?夏だからって、夜こんなに薄着で出歩くからだよ。」
モゾモゾとマントを掻き分けて顔を出した絢芽は、念のためとハオの額に手を当てると
「熱があるわけではなさそうやね。」
そう言って笑って見せた。


「あはははは」
あまりに予想外の反応にハオは思わず声を出して笑った。
「え?何がおかしいんよ。」
突然声を出して笑い始めたハオを見て、絢芽は疑問符を頭上いっぱいに並べる。
「君は面白いな。と思ってさ。」
ハオは彼女を解放すると、頭の上に手を乗せて彼女の顔を覗き込んだ。
何がおかしいのか検討がつかない絢芽は、さらに首を傾げると
「変なの。」とつられて笑った。



未来王を名乗るほどの僕が、ただの人間に敵わないなんてね。
ハオにとってそんな自分の姿も滑稽だった。
そしてその存在が欲しいと思った。



「絢芽、僕と一緒に来ないかい?」
次にハオが絢芽に見せたのは先ほどまでの笑顔でもなく、間の抜けた顔でもない、とても真剣な表情だった。
絢芽もハオに答えるように、真剣な眼差しでハオを見る。
絢芽は小さく首を横に振ると
「あたし大切な人を待ってるんよ。だから今ハオと一緒に行くわけにはいかない。」
ごめんね。絢芽は少し俯いたあと、ハオの表情を見上げるように確認した。



やはり…ね。
ハオは予想通りの返答に少し肩を落としながらも、悟られないようニッコリと微笑んで立ち上がった。
「じゃあ、改めて迎えにくるよ。」
「また10年後に?」
まさか。ハオは絢芽の言葉に目を細めると軽やかに方向転換をした。
白いマントと栗色の髪がその動きに合わせてなびく。
ハオは顔だけ絢芽の方を向くと優しく微笑んだ。
「直ぐに迎えに来るよ。」
そうしてまた絢芽に背を向けた。


「あ!」
ハオがその場を離れようとした瞬間、何かを思い出した様に絢芽は少し大きな声を出す。
「さっきの答え。」
「さっきの?」
「なんでハオのことを覚えていたかって…」
あぁ。聞こえていたんだ。ハオは忘れかけていた自分の問いを思い出す。
「こんなに純粋で綺麗な心を持ってる人、そう滅多に出会えないから。」
記憶に残ってたんよね。と絢芽はニコッと笑って見せた。


2人の間をまた涼しげな風が通り抜けた。
ハオは間抜けな声が出そうになるのを堪えながら、ゆっくりと瞬きをした。
そして10年前に彼女から言われた言葉を思い出していた。
「そんなこと分かるんだね。」
「分かるよ。目を見れば分かる。」
そう言って絢芽は目を輝かせた。
「ありがとう。」
ハオ自身も彼女の目を見れは、彼女の言葉が嘘偽りでないことが分かった。
やっぱり君は掴めない。ハオはまたくるりと向きを変えると、マントから手を出しその場を後にした。



「完敗だよ。」
S.O.Fの背中に乗り空中に飛び立ったハオは、顔をしかめてため息を漏らした。
困ったな…探りを入れるだけのはずだったのに。


ますます君が欲しくなった。


本当は色々と聞きたいこともあった。彼女の能力のことや、葉のこと。
しかしそれらを聞くことは一つとして叶わなかった。



「必ず君は僕のモノにする。
どんな手を使ってもね。」
そう呟いたハオの言葉を聞いていたのは、S.O.Fただ1人だった。
誰もいない空中でこだましたハオの笑い声は、風と共に消えていった。



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