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「お姉さん、マーガレットの花束ちょうだい!」
キレイで華奢な白い花びらは、触れると意外にしっかりとしていて秘めた強さを感じた。
絢芽は先ほど花屋で買ったマーガレットの花束を手に、ある場所に向かっていた。
≪早く元気になるといいわね≫



あの日、初戦を終えた絢芽は急いで猪口浜外国人墓地に向かった。
「セレネー、急ぐわよ。」
最悪の状況なんて考えたくもないが、胸の鼓動は絢芽を急かす様にその速さを増すばかり。
目的の場所に着いたときには、既に決着が着いていた。


辺り一面に散らばる白骨、血を流して倒れる葉、まん太を抱え唖然と立ち尽くすアンナ。
ここで行われた戦いの結末は聞かずとも知れた。
「葉!」
絢芽が駆け寄ると虚ろなまま口を開こうとする葉。
葉の巫力はとっくに底を尽きている。意識があるのも不思議だ。
この状態で意識を保てている理由を、すぐに理解することが出来なかった。
「しゃべらないで、応急処置するから。」
ひどい傷、出血もひどい…。
絢芽は開いた傷口に手をかざし巫力をためた。
しかし、その手は弱々しい葉の手によって遮られる。
「オイラはいいから、まん太を…。」
その言葉を聞いた瞬間、絢芽はアンナに抱えられていたまん太に視線を移した。
そういう訳か…。
葉の一言で全てを理解した。
どうして葉がこんなにぼろぼろになっているのか
なぜぼろぼろになってまで意識を手放さずにいられるのか。
「頼む…。」
「分かった。」
葉の真剣な目に答えるように、絢芽は力強く頷いた。
葉の方が深手を負っている様にみえたが、葉の気持ちを無視出来なかった。


絢芽は、まん太を抱えているアンナの元へ歩み寄る。
「頼むわ。」
まん太はアンナに抱えられ、すでに意識を手放しているものの鼓動はしっかりとしている。


2人の応急処置を終え、意識を手放した葉の頬をそっとなでる。

「シルバ、アンタは葉を連れて行って。
あたしはまん太とアンナを連れて行く。」

絢芽は唖然と立ち尽くすシルバにそう告げて、再びまん太とアンナの元へ向かった。
シルバはハッとして絢芽に視線を送る。
「君は、いったい…。」
「あなたも飛べるでしょ?」
未だ状況を飲み込めないシルバを睨むと、彼は「あぁ。」と小さく頷いた。
「救急車なんて待ってたら死ぬわよこの2人。」
シルバはすぐに葉を抱えるとO.Sの翼で飛び立った。


『あたしは必ず葉を助けるから。』
病院へ向かいながら、シルバは絢芽の言葉を思い出していた。







「身体の傷はだいぶ癒えたんだけどね…。」
心の傷は直ぐには癒えないし、癒やせないからな…。
絢芽は花束を見つめて呟いた。
あの日から無言で外を眺めることが多くなった葉。
例え笑ってはいても、心から笑っていない。
自分を責めているのだと、絢芽は気付いていた。そしてそんな葉の姿に絢芽は心を痛めた。

アンナが付き添ってくれてるから大丈夫、だとは思うけど…。
今できるのは毎日学校帰りにお見舞いに行くことくらいだ。
≪あの子はきっと強くなるわ。守りたいものが出来たんだから。≫
「うん。そうだね。」
いつだってあたしが葉にしてあげられるのは、温かく見守ってあげること。ただそれだけ。
絢芽はセレネーの言葉に背中を押されると、足早に病院へ向かった。



病院に到着した絢芽は周りに気を配り、少し歩く速度を落とした。
消毒液の特有の匂いが絢芽の嗅覚を刺激する。
すれ違う人々に紛れて、無数の霊体も行き来している。中には良くない霊魂も少なくない。
病院はいつ来ても賑やかだな。
絢芽がぼーっとそう考えていた時だった。


いっそう賑やかな音が前方から聞こえてきた。
怒鳴るような声に、バンッと何かが壊れるような音。
今日はいつもに増して賑やかだ。
こんなに煩かったら呑気に療養生活なんて送れたもんじゃないぞ。
絢芽は苦笑いを浮かべながら、音のした方に目をやった。

「ま、まん太!?」
視線の先にいたのは紛れもなくまん太だ。何故だか彼は全力でこちらに向かって走ってきている。
まん太は絢芽の存在どころか、周りの声や音すら聞こえていないようだった。
目から大粒の涙を零し、無我夢中で走っている。
それ故絢芽が声をかける間もなかった。
「まあ、あれだけ走れたら、大丈夫か。」
絢芽は小さくため息を漏らすと、葉の病室の方へ再び足を進めた。



301号室の外れた扉を一応ノックする。
「お邪魔しちゃったみたい。」
「おぅ、絢芽。今日も来てくれたんか。」
無理しちゃって。
絢芽は何となく今起きた出来事を察し、無理矢理はにかむ葉のおでこを軽く指で弾いた。
「無理に笑わなくてよろしい。」
「うぇっへっへ。」
何でもお見通しってわけか。
葉はおでこを両手で押さえるとまた取り繕うように笑ったがすぐに、視線を落とした。
その場に、再び重い空気が流れる。
「で、これからどうするつもり?」
アンナはそう言って呆れたようにため息をつくと、腰に手をやった。


「出雲へ帰る。」
決心したようにそう呟いた葉の言葉に3人の視線が集まる。
「帰って修行して強くなる。そんでいつかまん太に謝る。絢芽も来てくれないか。オイラ、強くなりたいんよ。」
あの日絢芽に言われた言葉の意味がやっと分かった。
葉は今までにない真剣な目で絢芽を見た。
それは今まで見たどんな葉よりずっと強い目をしていた。

絢芽はほほ笑み、先ほど買ってきたマーガレットの花を葉に手渡した。
「マーガレットの花言はね。“真実の友情”って言うんだって。その気持ち忘れないで。」
“真実の友情”…。
葉は花束を受け取り、しばらく眺めた後、はにかんだ。
「さんきゅー。」



数日後…



ガタンゴトンと音を立てながら進む電車に揺られ、葉は移り変わる景色を眺めていた。
もうどれくらい経つだろう。
かなり長い間こうして電車に揺られている。そして、外の景色が少しずつ見慣れた風景へと変わっているのを感じていた。
葉は流れる景色を目で追いながら、いつかの絢芽とのやり取りを思い出していた。



その日オイラはじいちゃんと喧嘩をして、止める絢芽を振り払い家を飛び出した。
結果にならない修行、自分を鬼の子といって避ける周りの人間。
いろんな心の蟠りがあの日積もり積もって爆発してしまったんだと思う。
オイラは近くの大きな岩によじ登り、はーっと大きなため息を漏らした。
ふと空を見上げると、そこにはキレイな月と億千の星空が輝いていた。
絢芽のこと、振り払っちまったな。
月を見て絢芽のことを思い出した葉は、更に大きなため息を漏らした。


「ため息ばっかついてると、幸せも逃げていくよ。」
はっとして声のする方を見ると、そこにはさっき振り払ったはずの絢芽がいた。
「オイラのこと追ってきてくれたんか?」
葉は拗ねたように膝を抱え、視線を落とした。
オイラ、絢芽のこと突き飛ばしたのに、なのに…?
「当たり前じゃん。」
絢芽はいつも優しかった。
喧嘩をすることはあっても、自分が1番辛いとき、いつも近くで支えてくれるのは絢芽だった。
まるで、本当の姉のよう。
だから、絢芽の前では涙を隠すことも、無理して笑うことも出来なかった。
いや、涙も痛みも苦しみも我慢せずに吐き出せた、そう言った方が正しいかもしれない。


しばらくの間絢芽は、ただ涙を流すオイラの横に居てくれた。
「落ち着いた?」
オイラが頷くと絢芽は、うれしそうにほほ笑んだ。
「さっきはごめんな。」
流れた涙を袖で拭い、掠れる声で謝罪すると絢芽はぽかーんと口を開け、すぐに微笑んだ。
「いいってことよ!」
サーッと風が吹き、木々がカサカサと音を立てる。
絢芽は自分の長い髪をかき上げると、少し欠けた月に視線を移した。
オイラもつられる様に月を眺める。


いったいどれだけそうして月を眺めていたのかは分からない。
しかし、再び風が2人の横をすり抜けた時、絢芽は呟くように口を開いた。


「あたしね。シャーマンの力は生まれ持つ素質とか、才能では決まらんと思うんよ。
確かに素質や才能を持つ人は有利かもしれない。
けどそれだけで立派なシャーマンになれるとも限らん。」
「じゃあ、何が大事なんだ?」
どうしたらじいちゃんや絢芽のようになれるのか。
どうしたらみんなに認めてもらえるのか。それが知りたかった。
努力?修行?持ち霊の霊力?心の中でいろいろな考えを巡らせる。
しかし絢芽の答えは、予想とは全く違ったものだった。


「それはね。“守りたいと思う気持ち”。」
「守りたいと思う気持ち…?」
オイラは思わず首を傾げた。
「そう。大切な人だったり、夢だったり、自然だったり
その他にも名誉、地位、権力…。守りたいものも、その捉え方も理由もみんな違うけど。みんな“守りたいもの”を見つけるために修行をして、守りたいものを見つけたら“守りたいもの”のために修行をする。
そうしてどんどん強くなるんだってそう思うんよ。」
「難しくて、よくわからんぞ。」
ぽかーんと口を開いて絢芽の話を聞いていた葉は、話が終わると再び首を傾げた。
「今はそれでいい。それを見つけるために修行してるんだからね。」
「はぁ…。」
それだけ言うと、絢芽は納得しないオイラの表情に納得したようにうなずくと、岩の上から飛び下りた。
「行こう、みんな待ってる。」
「お、おぅ。」


この時のオイラは、絢芽が言いたいことを理解できていなかった。
でも今ならわかるそんな気がするんよ。
絢芽 の言っていた言葉の意味も、“守りたい気持ち”も。そのためにしてきた修行の意味も、そのためにする修行の意味も…。




「葉が、ヨミの穴へ?」
「あぁ、短時間で巫力を上げるにはあれしかない。」
少し荒っぽいがの、葉明はそう付け足すと視線を落とした。
きっと、葉明自身も心配しているのだろう。
「そっか。大丈夫、今の葉なら絶対に無事戻ってくるよ。」
根拠なんてないけど、自分でもびっくりするほどきっぱりそういうことが出来た。
自分よりまん太を先に診てくれと言った葉の目が、脳裏に蘇った。
本当に大切なものを、失いたくないものを見つけた葉は、きっとヨミの穴から出てくることが出来る。
出てこなければならない理由がある。




葉明の部屋を後にした絢芽は、久しぶりの我が家の廊下を懐かしむように1歩1歩踏みしめた。
踏みしめるたび、いろんな思いが絢芽の心に浮かんでくる。
≪本当は心配なくせに≫
「そりゃーね。後を追いかけたいし、夜も眠れないくらい心配で心配で仕方ない。
でもさ今あたしたちに出来ることは、葉を信じて見守ることだけなんよ。」
きっとそれが一番なんだ。
絢芽はギュッと拳を握りしめた。


≪いつものとこ、行くんでしょ。≫
「うん。」
絢芽が笑顔で頷いたことを確認すると、セレネーは動きを止めた。
今日は一人にしてあげよう。
セレネーは心の中でそう呟くと、強がって歩く主の背中を心配そうに見つめた。


絢芽は本当に辛いとき、決してそれを人前で出さない。
四六時中共に過ごすセレネーですら本当の弱さは見せてもらえない。
だからセレネーはこうしてたまに絢芽に一人の時間を作るのだ。
絢芽の悩みは、きっと月が癒してくれる。
そして、主のいない部屋で祈るように同じ月を眺めた。



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