想いを込めて
「月村!!今日からよろしくねっ!」
『はいっ!一十木くん、よろしくお願いします』
2週間後に控えた初のレコーディングテスト。作曲家コースとアイドルコースの生徒がペアを組み1つの曲を作り上げるというもの。公正なくじ引きの末、ユエは音也とこのテストに挑むことになったのだ。
「そういえば昨日トキヤに会ったんだって?」
予約したレコーディングルームへ行く途中、音也は昨日の事について訪ねてきた。
『はい。一十木くんはトキヤと同室なんだよね?』
「そうそう!昨日珍しくトキヤ嬉しそうだったからさーどうしたの?って聞いたらユエが居ることを教えてくださってありがとうございますって!オレビックリしたよ!」
音也はトキヤの真似をしながら話す。そのモノマネが妙に似ていてユエは笑ってしまった。
『一十木くん、すごく似てるよ』
「ほんと!?」
『うん、その眉間のしわとか…そっくり』
「あははっ」
(一十木くん、すごい話しやすいな…)
和気藹々とした雰囲気でたどり着いたレコーディングルーム。その中から丁度練習を終えたらしいトキヤが出てきた。
「あれっ!?トキヤじゃん」
「ユエ…と音也…」
トキヤが自分の方を見た後、音也に目を向けその視線を微かに鋭くしたのをユエは見逃さなかった。
(…?なんだろ…?)
当の音也本人は全く気にしていないみたいだが。トキヤも先程の表情は微塵も見せず音也に接していたのでユエもそれ以上は詮索するのを止めた。
「では私はこれで、ユエ、音也が迷惑を掛けると思いますが宜しくお願いしますね」
「トキヤ!どういうことだよー」
『はーい、一十木くんと話すのすごく楽しいんだよ』
「…そうですか」
すっかり息の合っているトキヤと音也のやり取りを見てユエは笑う。その様子でさっきの不信感は消えていた。
「では、私は行きますね」
「じゃあね!トキヤ!」
『トキヤ、またね』
トキヤの遠ざかる背中を見送ってからユエと音也もまたレコーディングルームへ入るのだった。
レコーディングルームの扉が閉まる音が聞こえ、ふとトキヤは歩みを止める。
(おかしいですね…)
自然と胸から何かを吐き出す様に重いため息が溢れる。その胸中に浮かぶのは…
(私が音也に焦りを感じるなんて)
同室の彼に、彼の歌に対する焦燥感、劣等感、対抗心…しかし、それ以上に大きい感情が1つだけ。
(ユエと音也が…楽しそうに話すのを見て嫌になるなんて)
彼自身も気付かない燻る嫉妬の炎はたった1人の彼女に対する物。
トキヤがこの気持ちに気付くのはまだ少し先の話。
カチ…カチ…
二人だけの部屋に時計の音だけが響く。音也は目の前に1枚の真っ白な紙を置いて頭を紙を抱えていた。
「うーん…全然思いつかないよー…」
今回の課題。
与えられたメロディーに作曲家志望の生徒が伴奏を付け一つの曲として完成させ、それにアイドル志望の生徒が歌詞を付けて歌う、というもの。
既に曲は完成しており、後は音也が歌詞を付け曲を完成させるのだが−…
「歌詞作るのって難しいんだね…」
肝心の作詞で手こずっていた。
(一十木くん…)
悩む音也に何かしてあげたいが…ユエ自身yueの時に作詞はしていたものの、思ったことを書く、曲のイメージを書き出す、伝えたい事を書く、ありきたりなアドバイスしか思い浮かばない。
「オレさーyueの大ファンで。ほら、yueって曲も自分で書いて作詞もしてただろ?オレもyueみたいに自分で作詞して自分の思いを伝えたかったんだよね!!…でも作詞ってこんなに難しいんだね…やっぱりyueってすごいなぁ」
そこまで言ってくしゃっと顔をしかめる音也。
(…そうだ)
『一十木くん歌いましょう』
「…え…?」
ユエはピアノ椅子に、座り鍵盤に指を置いた。
(だって"すごい"ことじゃないもの)
(私だって思いは一十木くんと同じ)
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