茜色の本


橙色の夕日が差し込む放課後の音楽室。

ユエは課題の資料集めの為、図書室を訪れていた。

(さすが…図書室も広いし、すごい量の本!)

天井まで届く本棚に所狭しと並べられた本。その量は此処で調べられない事は無いのでは、と思うほど。音楽関連は勿論、料理、動物、スポーツ…何かよく分からないジャンル(黒魔術、心霊…等)まで何とも充実している。

(作曲知識の復習をしたいんだよね…)

と、訪れた音楽知識の本棚は特に大量の本。目的の本を見つけるまでに相当な時間を要した。しかも見つけた本はユエの身長より大分上、伸ばした手が微妙に届かない所。

(も、もう少し…なんだけどっ)

精一杯の背伸びでも嘲笑うかの様に本には届かない。

(うぅ…身長欲しい…仕様がないや、脚立を…)

と、思ったその時。

「この本で宜しいですか?」

スッと後ろから伸びた手が本を取り出した。驚いて振り向くと…

(あれ…?)
「貴方は…」

驚くほど美しく整った藍色の髪の青年。その人はユエがyueだった時に親しくなった一ノ瀬トキヤだった。芸名HAYATOとして今も活躍している筈の人。

『なんでトキヤが此処にいるの?』
「貴方こそ…そのスケッチブックはどういうつもりですか?」

じとっ、と睨まれユエは困り顔で肩を竦める。

(変わってないなぁトキヤは…)

自分にも他人にも過剰な程ストイックなトキヤ。彼の人気はその裏に在る努力の証。ユエもトキヤもキャラクターを守る為に自分を隠して活動している者同士、という事で仲が良かったのだ。

『実は声が出なくなっちゃってね』
「声が…!?病気…という事ですか?」
『うん、失声症っていうの。』
「いつから…」
『お母さんが亡くなった時からだよ』
「…それで芸能界を去ったのですね…」

切なそうに話すトキヤを見てユエは笑う。何もトキヤがそんな顔をしなくても、という意味を込めて。

『シャイニーさんがね作曲家として学園に来ないかって言ってくれて』
「そうですか、貴方の実力なら当然でしょうね…音也の口からユエの名前が出たときはまさか、と思いましたが…本当に会えるなんて」

(どうして其処で音也?)

口パクで"音也?"と告げると、同室なのです、うるさい男ですよ、とトキヤは苦虫を潰した様な顔をした。折角の綺麗な顔が台無しだ、とユエはクスクス笑う。

『トキヤはどうして学園に?』
「あ…私は…」

途端に黙り混むトキヤ。HAYATOは今もよくテレビで見かけるから何か理由があるのだろう。他人に言えないような。

『大丈夫だよ、トキヤ。無理に言わなくて』
「え…」
『気にしないよ、トキヤだもん。トキヤが言いたくなったら…その時は私が聞いてあげる』

ね、と首を傾げるとトキヤは酷くぽかんとした顔をしていて。それが可笑しくて笑うとトキヤは一瞬だけ切なそうに顔を歪め、ユエにつられるように微笑んだ。

その時、

ゴーン…ゴーン…

下校時刻を知らせる鐘が遠くで鳴り響いた。

『そろそろ帰らなきゃね。トキヤ本、本当にありがと』
「いえ、君の役に立てて良かったですよ」

本を鞄に入れて、図書室の扉へと歩く。

「ユエ、寮まで送りますよ」
『同室の子とこの先で待ち合わせしてるの、ごめんね』
「いえ、それなら大丈夫ですね。ユエはすぐ迷子になりますから」
『それは昔の話です!』
「さてどうでしょうか」

クスクスと笑い合うユエとトキヤ。久し振りに会ったことで会話が弾む。しかし、段々と暗くなっていく空は楽しい時間の終わりを告げていて。

「では、ユエ。また」
『うん。バイバイ、トキヤ』

自分とは反対方向に進んでいくユエの小さな背中をトキヤは見つめる。何となく、ユエを帰したくない様な、遠ざかる背中が寂しい様な気がする。

(この…感情は…)

自分でも不思議な気持ち。きゅ…と胸が締め付けられた気がしてトキヤは胸の辺りを押さえる。

ふと、角を曲がりかけたユエが振り返った。

「ユエ?」

"トキヤまたね!!"

そう唇だけを動かして告げて、ユエは角を曲がり走り去っていった。トキヤに満面の笑みを残して。

「っ…」

目に焼き付いたユエの笑顔にもう一度、トキヤの鼓動が高鳴るのだった。






「あっ!!ユエちゃん待ってたよぉ!」
『まつりちゃんお待たせ!』
「ユエちゃんの為なら何時間でも待てるよっ」

先に待っていたまつりに謝り、2人で寮までの道を歩く。

「目的の本あった?」

うん、とユエは頷いて鞄の中にある本を見せる。

『すごい高いとこにあった!!』
「えぇっ!!よく取れたねぇ」
『うん、トキヤに助けてもらったの』
「うぇ!?トキヤって…一ノ瀬トキヤ!?」

物凄い勢いで顔をしかめたまつりに、ユエは恐る恐る頷く。

「あー…自己紹介で私はHAYATOの弟ですからって仏頂面で言い放った男ね…」
(あ、そういう事になってるんだ)
「…ってユエちゃん一ノ瀬の事呼び捨てなの!?」
『あ、うん。昔からちょっと知り合いなんだ』

ちょっと知り合いって何だろう、と一人ツッコミを入れながらトキヤはHAYATOの弟という話に合わせる。事務所ぐるみの事であるだろうから、迂闊にバレる訳にはいかない。

ユエの知り合いという事には特に触れずにまつりは何かブツブツと呟いている。

「うぅ…そういえばこの間も来栖と神宮寺と知り合ったって言ってた様な…何でこうも男ばっかり…いやユエちゃん可愛いから男が寄ってきて当然なんだけど…うぅ…」
『ま、まつりちゃん!?そういえば次の課題のペアとの練習、どうだった?』

何やら黒いオーラを放ちながら自分の世界に飛び立ちそうなまつりを話を反らすことで無理矢理戻ってきてもらう。案外まつりはころっと雰囲気を変えてきた。

「んー作曲家の子が中々良い子だった!曲出来るまで待機だから、ちょっと楽しみ!」
『わぁ良かったねぇ』
「うん!ユエちゃんのペアは…何だっけ、あの犬みたいな人だよね?」
『い、犬?犬かは分かんないけど一十木くんだよ』
「そうそう!その人っ!!初っ端からユエちゃん気合い入ってるもんね!」
『うん!人の曲作るの初めてだから楽しみっ』
「きゃーっユエちゃんの瞬殺☆キラースマイルいただきましたーっ!!!」
『なっ何それ!?』



雲一つない夜空で星が瞬く。

様々な想いの誕生を見つめながら。







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