カチカチカチ、

二人しか居ない教室の中で響く時計の音が、反響して私の耳に入る。時刻は五時をまわって、いい加減シャーペンを持つ手が疲れてきた頃だった。


「あー…疲れた」

「それを声に出すな。余計にそう感じるだろ」


ぽつりと呟くと、その声は正面に居て私と同じ作業をしている彼の耳にも届いた様で、ふ、と溜息を吐く音が聞こえた。あ、若もやっぱ疲れてるんだと机にもたれかかりながら思う。
かれこれ二時間は作業に徹しているだろうか、いつもは楽だと思う報道委員の仕事も、今回ばかりは辛い。こういう事はいつもそつなくこなす若も、流石に目に見えてイライラしているのが分かる。

彼がイライラする理由はこの莫大な量の仕事と、それと、別の委員会を終えた彼女が、待っている、から。


ペンを持つ手に余計な力が入る。私は静かに手にあるそれを置いた。




彼の幼馴染である私には、彼のどんな些細な事にも気付く自信があった。
勿論、それは私が若を好きだからであって、本当はこの幼馴染という関係ももどかしくて少しは進展しないかと願っていた。

なのに、どうして。



若が選んだのは私の友達。小さくて、健気で可愛らしい、私の親友。

そして彼は、彼女と。



彼等を見て膨れ上がるのは当然の様に酷い嫉妬心。

沸々と醜い感情が沸き上がってくる中、ふと耳に入ってきたのは水音だった。

ぴちゃりぴちゃりと窓ガラスに当たり踊る様に跳ね回る雨粒は、まるで私を嘲笑っているかのよう。
雨が降っている事に気が付いた彼は、眉間に皺を寄せて薄い色素の髪に隠れる眼をスッと細めた。ペンを持つ手も止まっているから、もう限界なんだろう。

ねえ、私じゃ駄目なの


そんな言葉を呑み込んで、私は視線を彼からまた窓の方へ移す。







「…、行きなよ若」

そんなにあの子が心配なら


意識せずとも口から零れ出た言葉に若は瞳を瞬かせ、その眼を揺らして惑う。


「だが、」

「仕事ならあとちょっとでしょ?これくらい私だけでも終わるから、あんましあの子を待たせないで」


あの子独りは苦手だから。


正真正銘、彼女の親友である私がそう強く言えば、戸惑いは見せたものの彼は鞄を持って立ち上がった。


そう、行けばいい。早く、彼女の元へ。

ひらひらと片手を振って、早く行けと彼を急かす。これ以上何も考えたくなくて、私は視線を散らばる資料の文字に落とした。






「…悪い、」



走り去っていく前に落とされた、彼の口で紡がれた音



その声があまりにも悲哀に満ちていて、驚きのあまり顔を上げるも、もうそこには彼の姿は無い。



ねえ。
それは、何に対してなの。


呟いた私の声は誰に聴かれる訳もなく。ただ、雨音と共に流されて。

かちゃり、と机からペンが重力に従い落ちるさまを、何処か遠くから眺めている感覚が私を支配していた。




ああ、こんな想い捨ててしまいたい

そしたら楽になれるの


零れたのは叶わぬ願いと、小さな水の塊だった。




模造のを追い掛けて、


もう追う事すら無駄なのに私は何時まで、君を。






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企画それでもわたしはきみをすき様に提出


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