自分について考察してみた。
前、兄様が「人間、弱ると人肌が恋しくなるね」と言っていた。人肌が恋しくならないという以前に体温が鬱陶しい僕は何なのだろうと思った。弱らない、即ち強いということなのだろうか。それは違う気がした。僕だってネガティブになる。その時人肌の体温を求めないだけで。
そもそも「死体」を「愛する」とは一体何なのだろう。言葉による返答なき相手を愛すること。どうも定義しづらい。まず「死体」の定義が難しい。生きていなければ、其れ即ち死んでいるということ。だが仮に死んだはずの人間が動き始めたら、それは何と呼べばいいのだろう。ゾンビか。美しくない。しかも、それにも二通りあって、死んだ人間が生き返るのか、それとも体温のないまま声を出して話し動くのか。そして、果たしてそれは僕の愛すべき「死体」となりうるのだろうか。
「死」という観念すら明確なものは何一つ無く、生物としての死が人間の「死」であるのか、それとも精神の喪失こそが人間の「死」であるのか。もし後者が人間の死であるならば、僕の愛するあの冷たい身体は何だと言うのだ。
僕は一体何を愛しているのだろう。
「愛って文字がゲシュタルト崩壊しているよね」
「つまりは?」
「つまりは愛って文字の安売りさ。死んだ人間みんな愛せるなら博愛主義と何ら変わらないよ」
「男を好きになる趣味は無いけど」
「そういう意味じゃあない。まぁ、僕らは全てを等しく愛すことを神から教えられたわけだけど。がむしゃらに全てを愛すならそれはただの馬鹿さ。横へ広がるばかりの低い位置に留まった愛だ」
「つまりは?」
「あぁ、いや、話がそれた。君の話をしていたんだったね。敢えて補足するなら僕は別に崇高な愛の論者にはなりえないということかな。まぁそれはいいんだ」
「僕だってなれっこないよ」
「そうだね、僕がなれないのに君がなれるはずはない。あぁ、だから、話がそれてるんだ!」
「つまりは?」
「つまりはね、いや、まず君に聞きたい。君が愛しているのは死体なのか、それともそこに横たわる永遠なのか、ということさ」
「意味が不明だ」
「個人を愛すのか一般性に美を見出だしているのか、という話だよ」
「美しい死体が好きだよ」
「それはあくまで客観的に君の趣味を見たときの形容さ。重要なのはその実体。君は何を愛したいの?」
「愛したい」
「うん」
「…死体が美しいのは何故だろう、ということを前に考えたよ。そこに永遠があるから、っていうのも僕なりの答えだ。でも、やっぱりそれも少し違う。死体はね、生きたからこそ美しいんだよ。生ある瞬間を生きようとしなかった死体なんて美しくない。生きようと足掻いた彼女らが遺した最期のものが、僕は美しいんだと思う。死へ向かう自らの身体を知らない生きている女性は美しくないさ。まぁもっとも、外見の好き嫌いはあるけれどね。どんなに己の無様な姿を恥じようと、それでも生きたいと思い死んでいった女性は無条件に美しいと思うよ」
「…へぇ」
「何その反応」
「いや、意外な回答だったから。あぁ、悪い意味じゃないよ。ただ、うん…へぇ…そんな風に思っていたのかい」
「うん」
「君に対するイメージがだいぶ変わったよ」
「何だいそれは」
「はははっ。で、何だっけ」
「何が」
「何がって、えぇと、そうだ、君の話をしていたんだったね。理想の花嫁に出会うことのできない哀れな君の話を」
「…誰も死体を花嫁に迎えることは許してくれないんだ」
「当然だろうね。君だってそんな趣味があっても、それでも仮にも一国の王子だ。世継を残せない花嫁など、受け入れられたものじゃあない」
「でも、僕は理想にかなわない女性とは結婚なんかしない。出来ない」
「理想を貫くことは決して悪いことではない。ただ、君の今のその状況には賛同しかねるよ。一刻も早く生きた理想の女性を見つけることだね」
「…無理だろうね」
「応援してるよ。それで、ねぇ、答えは見つかった?」
「え?」
「ネクロフィリアの何たるかが知りたかったんだろう?わかったかい?」
「あ。うーん、難しいや。結局僕は死体以外は愛せそうにないよ。それだけ。それがどういうことなのかなんて、考えるだけ時間の無駄なのかもしれないし。とりあえず今まで通りの僕でいこうと思うかな」
「…え、あ、そう。そう…そっか。うん、それが一番いいのかもしれないね。自分のことなんて、唐突に理解できたりするものだからね。今まで通りの君でいい、ね」
(あいしているからうつくしい)
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