ことん、とグラスを置く音。僕の残りと比較して半分程しかない、彼のグラスの中のワイン。僕はお酒に強くないから、あまり飲まないし、飲んだとしてもゆっくり。でも彼はお酒に強いから、いくらでも飲む。実際今の彼のグラスのワインだって、僕は一杯目なのに対してそれは二杯目だ。しかし、それだけ飲むのに安いものは好まない。困った人だ。
薄暗い部屋、長く沈黙が居据わっている。特に気まずい沈黙ではないけれど、ほんのりとした酔いの中、僕は彼の声が聞きたくてどうしようもなかった。
グラスを置いた彼が緩やかに僕の方に向き直った。小さな声で彼の名を呟くと、彼が僕がグラスを持っていない方の手を取った。嬉しい予感に、僕はグラスを彼のグラスの横に置く。直後、彼はそちらの手も絡め、体重をかけてくる。僕は座っていたソファーに押し倒される形になった。ゆっくりと彼の顔が近付いてくる。そのまま距離がなくなるのを待った。重なった唇が熱いのは、お酒の所為なのだろうか。
軽く口付けて一度離れた唇がもう一度重なる。息継ぎをしようと口を僅かに開くと、彼の舌が入ってきた。ふわっとお酒が香る。気持ちよくて、それに応える。必死に彼の舌を追った。
再びふたつが距離を持つ。銀糸が引いて、少しだけ恥ずかしくなった。でも気持ちよくてどうしようもなくて、ふぅ、と息をつく。

「王子」

ようやく聞けた、彼の声。それは僕を呼ぶ。

「王子」

「…はい」

静かな声だった。僕が返事をしても、次の言葉が姿を見せない。甘い気分の僕にはそれすらももどかしく心地よく、お酒に酔っているのか彼に酔っているのかわからない、と思った。

「王子」

「はい」

「…抱いても、いいかい」

きょとん、と自分で表現したくなるような反応を返す。抱く、それは、なんだったか。少し時間をかけて理解して、顔が熱くなった。でも、嬉しくて、初めての事だから少し怖くて、でもやっぱり嬉しい。優しくするから、と言った彼に自分から口付ける。
初めての夜が、静かに始まった。







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -