「海はね」


目の前で、椅子に座り窓の外を見つめながら航海士が口を開く。
窓の外には、海はない。今自分達がいるのは、海が見えるような場所ではなくそこそこ内陸の場所だ。
金の髪が日差しに輝き、美しかった。自分のいるベッドの上にもその日は差し、暖かい。昨晩は少し冷えたため、嬉しい温もりであった。寒さを感じる余裕があったかといえば、この男といる時点でそんなものは存在し得なかったが。一応、認識はしていたのである。
再び、航海士が口を開くのを待った。しかし、彼はなかなか続く言葉を発さない。痺れを切らし、それを促した。


「海は、何ですか」


「…あぁ海はね」


全ての河が流れ着く、終わりの場所だ。全てのものは、いずれ等しく同じ海に還っていくんだよ。


言葉の意味を掴みかねた。何を言いたくてそんなことを言うのか、わからなかった。しかし、それが彼の海に対する大きな気持ちのごく僅かな一片であることは理解できた。それは彼の、広い広い世界の一部なのだ。それだけを理解して、言葉の意味を問うことはしなかった。出来なかった、と言う方が正しいのかもしれない。彼の世界に、踏み込むことを怖れた。そして、航海士たる、海に生きる彼を、僅かながらも遠く感じた。


「王子?どうした?」


何も返事がないことに疑問を抱いたらしい彼が、ベッドに来て縁に座り、顔を覗き込んでくる。何でもない、と首を横に振った。
結局、自分の願いなんか知れてる。彼の世界は美しい。広い。その世界に、踏み込まずにいたい。その世界を、少しも汚してしまいたくない。例え、それによって彼を遠く感じることがあっても。そう願う限り、繋ぎ止めることなど、出来はしないのだ。




(今は海に還れなかった貴方への救いを祈るのみなのだ)






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