(イヴェサン)






なぁイヴェール、星が見えるよ。




つい先日まで隣にあったはずの温もりはもうない。もう戻ってこないだろう。何度も彼の声が頭に響く。もう、頭痛に変わるだけだ。愛しいがゆえの苦痛。


バカ、逃げろ!


今まで見せたこともないような表情で彼は叫んだ。警備の人間が今度は俺に向かってきた。
夢中で走りだした俺の背後で誰かが崩れ落ちる音が聞こえた。




相方は戻ってこなかった。いつもならはぐれてしまうことがあっても、へらへらと笑いながらごめん見失った、と言って戻ってくる。けど、戻ってこない。


彼は前の日、突然星が見たいと言いだした。仕方ないから二人で近くの薄暗い広場まで歩いた。どうしたんだ、と聞いてもただ星が見えるよ、と笑って言うだけだった。


気付いたら朝だった。もう、三回目の朝だ。全部悪い夢だったらいいのに。そんなことを考えてみた。重い体を起こす。何も食べたくなくて、髪も直さず外へ出た。


…つもりだった。


「っ、イッヴェール!!」


そのまま部屋に押し戻された。顔の右側にあったかいふわふわを感じる。頭がついてこない。そのふわふわを、俺は知っているはずだった。


「……ろ、ローラン、サン…」


相方に抱きつかれたのだとやっと頭が認識した。それはそれは強い力で、俺が後ろによろめくくらいの勢いで。


「っイヴェール、イヴェール!!よかったぁ、無事で…!」


「ぅ、ローランサン、苦し…」


馬鹿力で力一杯抱き締められる。息ができなくて苦しくて、けど相方が戻ってきたという事実が嬉しくて、俺も背中に手を回した。


「っ、サン…お前、何で…」


「あ、ごめんな戻ってこれなくて…!」


彼曰く、あの後彼も直ぐに逃げ出せたらしい。ただ、たどり着いた先が見知らぬ地であったそうで、人に道を聞こうにも警備の人間に顔を見られているし、どうしようもなくて自力で戻ってきたという。あの、誰かが崩れ落ちる音は、彼が警備員を振り払った音らしかった。


「…無事で、よかった…」


漸く離れた相方をもう一度抱き寄せる。額に口付けると顔を赤くしたのが見えた。


「なぁ、イヴェール」


星見に行かない?




「満天だ!満天だー!」


意味のわからないテンションで相方が叫ぶ。確かに満天だけど、なぜそんなに楽しそうなのかわからなかった。


「おい…もう明日にはこの街出るんだから、早く帰って寝るぞ」


「うんにゃー。わかってる」


相方の隣に並んで空を見上げる。何がそんなに魅力的なのかはわからない。けど、嬉しそうに星を見上げて、俺に笑いかける相方を見ていると、彼が何をしたいのかはわかった。




俺も嬉しいよ、お前と星が見られて。












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