(コルイド 僅かでも愛しい時の中で の続き)










おい、お前、…そうそうお前。…私に何か?いや、さっきからずっとそこにいるだろ、何してんのかって思ってよ。余計なお世話だな。はは、悪い悪い。…用がないなら私は行くぞ。あ、いや待て。…何か。あのさ、昼、一緒しないか?






ベッドの中でうとうとしていると、夢を見た。イドルフリートがコルテスに初めて会った時の夢だった。今でもこんなにはっきり思い出せるのか、と我ながらに感心する。確か、自分は課題のレポートの内容を思案していた。その日は、面倒で講義には出なかったはずだ。そこで唐突にイドルフリートの思考と世界を台無しにした人間がいた。それがコルテスだ。彼に声を掛けられてまず思考がぶっ飛び、話をしてその時自分の脳が展開していた世界が崩れた。お陰でレポートのこと自体その日は忘れ、翌日焦ったのだった。しかし、その時コルテスと話した内容をイドルフリートは忘れられなかった。特に互いのことを話したわけでもなく、自己紹介すらまともにしなかったのだが、何せ話が合った。どんな、とかどういう、とかそんなレベルでなく。互いの持っているものが似ていたのだとイドルフリートは思った。
イドルフリートがコルテスと出会って10年前後。色々なことがあった。色々なことを話した。大切な友人。大学の近くの海へ行き、その向こうへ共に思いを馳せた。小さな地球儀を買って、それを回しながら互いの持つ知識を相棒にあらゆる国の文化から国勢事情までを一晩中語った。その関係すら越えたのは、何時だっただろうか。

眠れない、とイドルフリートは小さく呟く。疲れなどほとんど感じない。早く帰らされても、眠りに落ちることが叶わない。以前は仕事が終わるとしょっちゅうどちらかの家で一晩中酒を飲んだりしていた。そんな愚行を働いても、コルテスもイドルフリートすらも倒れることはなかったのだ。次の日が休みであれば、時間に構わず流れに任せて二人でベッドに倒れこむこともあった。大切な人間の体温は、どこまでも心地よかった。
その辺りまで思い出して、イドルフリートは自分の胸の辺りが苦しいと気付いた。もうどれくらい二人でいる時間を過ごしていないだろうか。勿論、イドルフリートもわかってはいるのだ。コルテスはイドルフリートのことを気遣って早く帰らせているのだということくらいは。しかし、それはあまりに気に入らないことであった。ミスをすれば、それは自分が直しておくから帰れとコルテスは言う。自分自身のコントロールが出来ていないことが原因で相手に気を遣われることの、なんと情けないことか。悔しいことか。そして、そのために自分が心から待ち望む時間を失うことの、なんと遣る瀬ないことか。



意志疎通がうまくいかない。馬鹿みたいに怒鳴り合って。それでも、結局はお互いの考えてることは少しの会話でほとんど理解できて。コルテスと体を重ねたのは本当に久しぶりだった。その間は車のエンジンをかけたままだったため、寒くはなかった。
ふとイドルフリートが目を覚ますと、コルテスはもう起きていた。手は繋がれたままで、ぼんやりと海の方を見つめている。外はもう白み始めていて、朝を告げていた。


「…コル、テス」


「お。おはよ、イド」


にこ、とコルテスが笑う。彼の隣に並びたくて起き上がろうとして、全身のだるさと腰の鈍痛にイドルフリートが顔を顰めた。久しぶりのそれが、イドルフリートにとっては懐かしかった。それに気付いたコルテスが笑いながらイドルフリートの体を起こす。笑うな、とコルテスを睨み付ければすまん、とその笑顔のまま返された。


「イド 外見ろ外」


「は?外?」


「海見てみろ」


「海…」


体を起こした状態に保つのが辛く、コルテスに寄り掛かりながら促されるままに海を見る。
それはまるで天国のようだ、と表現されることが最も正しいのだろう。顔を出す朝日。明るくなり始めた空。それらを反射して、輝く海。光で満たされた、海。
おいイド、とコルテスに声を掛けられる。その声にイドルフリートが我に返ると、視界がぼやけていることに気が付いた。それが涙であることを認識するのに、酷く時間がかかった。慌てて手の甲でそれを拭うが、拭っても拭っても視界の状態は変わらない。意味がわからず、イドルフリートはそれを拭うのを諦めコルテスの方を見た。コルテスは、心配げにイドルフリートを見ている。


「イド」


「っ、だ、大丈夫、大丈夫、だ」


大丈夫、だけど。イドルフリートはコルテスに抱き付く。何時もなら絶対にイドルフリートはそんなことはしない。抱き締められるのは黙って享受するが、自分からすることはまずない。しかし、今イドルフリートはどうしても抱き付かずにはいられなかった。
幸せだと思った。身体中が満たされていた。久しぶりに感じた、大切な人間の温もり。それは果てしなく大きな安堵を連れてきてくれた。不安だったのだ。このままだったらどうしよう、と。このままずっとコルテスとこんな時間を過ごせなかったら、と。このままこの時間が壊れてしまったら、と。自分の体調が戻るまで、なんて言っていたら、彼に飽きられてしまうかもしれない。我ながらなんと女々しい考えなのだろう。しかし、その想いは確実にイドルフリートを蝕んでいた。蝕んで、彼を追い詰めていた。そして今、それが否定された。ちゃんと、二人で今ここにいる。イドルフリートとコルテスは今共にいて、その体温を分け合った。それが、たまらなく幸せだった。


「コル、テス、コルテス…」


「ん?」


「…ばか、低能…」


「はぁ?」


「しあ…わせ…だ」


「…」


するり、とコルテスの大きな手がイドルフリートの頭を撫でる。手櫛で髪を梳く。暫く、泣いた。わけがわからないくらいに涙が溢れてきた。コルテスは何も言わずにそれを受け止めていた。



すっかり朝になった。外は完全に明るい。コルテスが体を洗うことを提案したため、彼の家に向かうことになった。
帰りの車内は、行きとは比べられないほどよい雰囲気だった。イドルフリートが口を開く。


「私はね コルテス」


「うん?」


「幸せだからと言って、マチルダのように河に身を投げたりしないよ。生きて生きて、幸せの終わりまで見届けてやるのさ。時間なんか止めてやらないよ」


「…ほう」


「かけがえのない人を見つけて、…その運命を負う十字架を背負って生きていくんだよ、最期の最期まで幸せに負けず、強く、ね」


「そのかけがえのない人って」


「聞くな低能。そいつはだな」


夢を語り合える大切な友人だよ。そう言ったイドルフリートの表情はいつになく優しいものだったとか。











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