(コルイド 現パロ 故に捏造の山)







コルテス、海行くぞ。はぁ?海だ海、今すぐだ。今何時だと…。いいだろう、どうせ明日は休みだ。何しにいくんだよ、何月だと思ってんだ、冬だぞ冬。なんでもいいだろう、いいから連れていけ。











最近、イドルフリートは疲れているようだった。

イドルフリート・エーレンベルクとエルナン・コルテスは大学時代からの知り合いであり、たまたま大学の構内で暇潰しに話をしたのが始まりだった。見事に意気投合し、互いを見かけるたびに声をかけるようになったのである。ちなみにコルテスはどちらが先に声を掛けたのか、何処で話をしたのかは覚えていない。そんな出会いよりインパクトのある出来事が、イドルフリートの隣に対等な友人として立つようになってからは散々コルテスを襲ってきたのだ。
そんな波瀾万丈な大学時代を終え、いよいよイドルフリートとも別れの時か、連絡は取り合ってくれるだろうか、と女々しくも寂しいなどと思いつつ就職したその会社。なんとびっくり、一年後にイドルフリートが入社してきたのである。どうやら、そうだ大学では学年の話など一切しなかった、そんなことは関係なかったのだから、あぁ彼は一年下であったのか。そんな、まさにインパクトリターンズのような出来事を経て、今はコルテスが上司、イドルフリートがその直ぐ下につく部下となっているのである。それから七、八年経つ。もう二人は友人と呼べる関係ではなくなっていた。何時からだったかは覚えていない。どちらかの家で酒を浴びるように飲んだ後は、自然と二人ベッドに倒れこむようになった。恋人などと呼べるものではないが、確実に友人の一線は越えているように思われた。

しかし、そうは言ってもやはりイドルフリートは友人としてコルテスにとって誇れる存在であり、かつ素晴らしい部下であった。任せた仕事はなんでもこなす。態度のみがやたらと悪かったが(もしかしたらコルテスにだけだったかもしれない)、仕事の速さ、その完成度が彼の能力の高さを物語る。それでまだコルテスの部下、という立場でしかあれないのは、年功序列的な思想と彼の上司(主にコルテス)に対する態度が影響しているのだとコルテスは考えていた。

彼らが在籍していた大学は、海の近くだった。そして、彼らは海が好きだった。決してそれは、憧れを抱く対象でも愛でる対象でもなく、ただ好きだった。その向こうに広がる世界に抱いた夢を、語り合ったものだ。しかし、今いる街はそこより内陸にあり、海からは少しばかり離れている。コルテスが大学を卒業してかれこれ10年弱は経つのだが、その間に彼が海を訪れたのは数回だった。しかも、イドルフリートとではなく、1人で、殆どが仕事の都合である。

最近、どう見てもイドルフリートは疲れているようだった。そんな素晴らしい部下に、ミスが目立つようになったのだ。もう一ヶ月以上そんな状態が続いていた。コルテスは、イドルフリートよりは体力があると自負していたため、自分に任せて早く帰れと促すようになっていた。早く疲れをとってもらって、また二人で酒でも飲みたい。口にこそ出さないが、コルテスは下心なしにそう思った。この人間と語り合う時間に最も自分の意味を見出だしているが故だった。しかし、イドルフリートのミスの多さは、そして目の下に居候を始めた隈は、一向によい方向へ向かわない。寧ろ、酷くなっている気すらした。
今日も、例に違わずまたイドルフリートの打った文章に間違いを見つけてしまった。見つけたくないものを見つけてしまったコルテスは、苦笑いしながらイドルフリートを見る。


「お前、ホント疲れてんなぁ」


「…は」


「ほら、ここ。あれ…あ、ここ内容的に一文まるまる抜けてねぇ?」


「あ」


「ったく、まぁこれくらいならいいさ、俺が…っておい、日付違うし」


「…」


「いや、まぁいいさ、直しといてやるから帰れ、寝ろ」


「…しかし、」


ぱっと上げた顔には、以前のような余裕はなかった。隈。垂れ気味の眉。それは自分のミスなのだから、と言う声も掠れている。そんな顔で仕事なんか出来ないだろ、帰れ、とコルテスが頭をぽんぽんと撫でる。それを振り払ってから、イドルフリートは本格的に顔を顰めた。


「何故私の失敗の責任を君が負うんだ。私が直すべきだろう」


「だからさ、そんな顔で何言ってんだよって。いいよ、俺は大丈夫なんだから、責任とかそんなこと考えなくても。お前のプライドもわかるけど、それはまず目の下の隈に勝ってからだ」


イドルフリートは自分の目元に手をやった後、俯いて少しの間黙った。何かを思案しているようにも見える。そこまでして帰りたがらないのは、彼が本当にプライドが高いからなのだろう、とコルテスは考える。あれだけ傲慢で人を見下すようなことを言う奴だ、プライドはエベレストより高いに決まってる。


「…今何時だ」


「あぁ?今?えぇと…」


時間を告げると、ふむ、とイドルフリートはコルテスを見た。なんだかんだ言って、帰宅が認められる時間は過ぎている。不意にイドルフリートが不敵な笑みを浮かべた。


「では失礼しよう。頼んだぞ」


謎の笑みを携えたまま、イドルフリートはそそくさと準備をし部屋を出ていった。意味がわからないが、まあ帰ったのでよしとするか、とコルテスは自分のパソコンに視線を戻した。



仕事を終え、コルテスはふらりと部屋を出る。今日も一日が過ぎ去っていった。イドルフリートはちゃんと帰って寝ているだろうか、とぼんやり心配をした。
ふと、玄関前のフロアに見慣れた影を見つける。艶やかな金色は頭を垂れ、僅かながら船を漕いでいるようにも見える。おかしい。帰ったはずじゃなかったのか。コルテスはすたすたとその方向に向かって歩く。


「…おい」


「…ん」


「おい、イド」


「…?……、っコルテス」


「お前、何してんだよ。帰れって言っただろうが」


「あぁ、いや君を待っていたんだ」


「は?」


「コルテス」


コルテス、海行くぞ。
はぁ?
海だ海、今すぐだ。
今何時だと…。
いいだろう、どうせ明日は休みだ。
何しにいくんだよ、何月だと思ってんだ、冬だぞ冬。
なんでもいいだろう、いいから連れていけ。


「…明日でいいだろ」


「いや今日だ」


「駄目だ。帰って寝ろ」


「嫌だね。さぁ連れていけ」


駄々をこねるイドルフリートの瞳は、駄々をこねる人間の瞳ともふざけている人間の瞳ともどこか違った。本当に必死な人間のする瞳だった。暫く同じようなやりとりを繰り返したが、とうとうコルテスは根負けした。明日はゆっくり休むという約束を取り付けて。仕方ねぇな、そのままは帰ってこれないからどっかに一泊だぞ、と言えばイドルフリートは目を細める。
建物を出て、コルテスは自分の車の運転席へ、イドルフリートはその助手席へと向かう。それが二人で出掛ける際のお決まりだった。イドルフリートは免許は持っているらしいが車は持っていない。だから通勤は大抵電車だった。たまに歩いてくるらしいが、電車で通う距離をどう歩いてくるのか詳細は闇の中だ。
コルテスが車を発進させる。会話はなかった。



久しぶりに来た海は、あまりに広かった。あまりに、あまりに広かった。光がないため真っ暗で、暗闇がどこまでも続いている。星は出ていた。割と暖かい夜だった。

「…で」


「ん?」


海を前に、車の中で初めて言葉を交わす。ここまでの道中、互いに一切口を開かなかったのだった。ぷしゅー、と音がする。イドルフリートが背もたれを倒した音だ。


「なんで海になんて来たがった?」


「…」


イドルフリートは答えなかった。また車内に沈黙が訪れる。疲れている自身を、コルテスを、引っ張ってきてまで海に来たがった理由。イドルフリートの沈黙に、コルテスはだんだん苛立ちを覚えてきた。


「理由もなく来たのか?」


「…」


「言い訳も考えずに?」


「…」


イドルフリートは黙ったままだった。コルテスも、いくら体力があるとはいえさすがに仕事を終えた後これだけの距離を運転させられれば疲れてもくる。弱くなった理性に、堪忍袋の緒が切れる音がする。


「おい。自分の体も省みないで俺まで巻き込んで、何がしたかった。人の気持ち無下にしたかったのか?嫌がらせか?」


「…違う」


「じゃあ何だ。答えろよ。人振り回しといて質問にも答えないのか?」


「どうして」


イドルフリートの声は、コルテスの苛立ちに染まった声と対照的に静かだった。


「答えなければならないんだい」


「っお前な…!」


苛立っているところに更に挑発的な言い方をされ、思わずギアを越え背もたれを倒した助手席に横になるイドルフリートに掴みかかろうとする。体勢的に、コルテスがイドルフリートの上にのしかかる形になった。胸に重さが乗り、イドルフリートが苦しげに息を詰めるのが耳に入った。灯りは車内のライトのみ。自分の影で、コルテスはイドルフリートの表情はよくわからなかった。そこで、イドルフリートが声を荒げる。


「そもそも!悪いのは君だろうが!」


「はぁ?俺がどこで何をした?責任転嫁も甚だしい!」


「五月蝿い!いつもいつも帰れ帰れと!馬鹿の一つ覚えのように!」


「なんでそれが今ここで出て来る!それだってお前のこと考えて言ってるんだろうが!それすらもわからないとでも言うのか!」


「黙れ低能!私のことを考えているだと?笑わせるな!何もわかっていないのは君だ!君が!」


そこで、一旦言葉が止まった。イドルフリートの手がコルテスのシャツの裾を握る。


「君が」


「…」


「帰れと」


「だからそれは」


「…っ私は!」


「…」


「…君と、帰りに、酒を飲んだり、語らうのを、…」


「…」


「楽しみに、していたのに…」


いつも、いつも待っていたのに。
後半は元々声が掠れていたこともあり、極めて小さな声で紡がれる。コルテスの中で漸く何かが繋がった。
最初は、本当に疲れだったのかもしれない。そこでコルテスがイドルフリートを気遣い、先に帰すようになる。イドルフリートはそれが気に入らない。コルテスといられないから。しかも、気遣われる悔しさがある。情けなさがある。それらは何らかのストレスとなる。小さなことでも、積もりに積もったそれが、イドルフリートの眠りを妨げる。それは彼のミスを誘発し、目の下に隈を作りだす。
だから、とイドルフリートが続けた。


「君と、いる…時間が、欲し…かった」


恥ずかしさからなのか、途切れ途切れに紡がれる。コルテスが少し顔を上げたことで、イドルフリートの表情が見えるようになった。彼の目は、心なしか濡れているように見えた。体から力が抜ける。そのままコルテスは、イドルフリートを抱き締めるように体勢を崩す。
寂しかったのだろう。要するに。そういうことなのだろう。何も答えなかったイドルフリートも、思わず激昂した自分も、コルテスにはすべてが可笑しく感じられた。


「…イド」


「…」


「ごめんなぁ…」


「…っ何を、このド低能…」


「俺もさ、楽しみだったよ」


お前と早く話がしたかった、とコルテスが呟くと、イドルフリートがその背中に回した手に力を入れる。互いの体温が懐かしかった。


その夜、事を終え、そのまま手を繋いで眠った。朝日が、二人を起こすまで。






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