真っ赤な視界。血溜りの中に倒れる人影。突き刺さった剣。頬を伝う暖かい何か。
俺が殺した…俺が殺した?
俺が殺した…本当に殺した?
俺が殺した…誰を殺した?
俺が殺した…何故殺した?
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない

あぁ、何故泣くんだ





「おいコラ馬鹿、起きろ!」

怒鳴り声がした。その声で、目を覚ました。まだ辺りは暗い様子。は、と目を開けると、言葉の調子とは反対に心配そうな顔と目が合った。

「ん…あ?」

もぞもぞと体を起こす。寒い。汗がびっしょりだ。気持ち悪い。大丈夫なのか、と隣から声がした。相方の声。珍しく気遣うような調子のテノールが耳に優しい。ところで、大丈夫なのかって、何がだ。

「い、イヴェ?」

「…夢でも見たのか」

「……夢…」

夢?何の?どんな?どうして?
頭が痛くなってきた。気持ち悪い。ぐわんぐわんと頭が揺れるような感覚。ローランサン、と名前を呼ばれる。そこから先の記憶は曖昧だ。



朝。太陽の眩しさで目を覚ました。気持ちのいい晴れ。いつの間に眠ったのだろう。胸の辺りがむかむかする。そういえば結局、何か吐き出したんだろうか。よく覚えていない。
隣に相方はいなかった。相方の分の掛け布団まで、こちらにかかっている。おかしい。その上、それだけ上に布団がかかっているのに、寒い。おかしい。ああ成る程、熱か。熱があるんだ。ようやく今の自分の体調を自覚した。寒いわけだ。気持ち悪いわけだ。じゃあやっぱり何かしら吐いたんだろう。どこで吐いたんだ。相方に迷惑はかけなかっただろうか。そういえば、夢。夢を見た気がした。相方に夢のことを聞かれて、意識をなくした気がする。でも、夢の内容はよく覚えていない。気味の悪い夢だった気がするなぁとだけ思い出した。そこで、宿の部屋のぼろい扉が開く音がした。多分イヴェールだ。

「あ、起きてた」

「起きてた」

「起き上がれるか?」

「多分」

「ん、薬貰ってきたから飲め」

「…ん」

相方に水の入ったコップと錠剤を手渡される。起き上がって受け取る。それを飲む。水の冷たさが心地よい。体内の温度が僅かに下がった気がして、ようやくいつもの自分が帰ってきた。

「すごい熱だな。ただの風邪だといいけど。それ、熱下げる薬だから、少し下がったら医者行った方がいいだろうな」

「俺らみたいのも、医者にかかれるのか?」

「いいんじゃないのか。一人の生きた人間だし、な」

「……ふうん」

どうでもいいような会話。夢の中身なんか、もう思い出す気にもならない。面倒だ。今こいつが目の前にいてくれるだけで十分だ。何の不足もない。
不意に、ぐいと頭を引かれる。抱き寄せられた。何それ似合わない気持ち悪い。ぼそ、と相方が呟くように言った。

「お前がそんな顔してると、…な」

聞き取れない。聞き返したら頭をこづかれた。意味不明だ。不条理だ。寝ろ、と押し倒される。寝かせてくれるのか、と聞いたら馬鹿、と一蹴されて終わり。まぁいいか。とりあえず早く寝て早く治してしまおう。





君が泣いていた理由を知った。俺は鏡を見てみるべきだった。血溜りを覗き込む。大正解だ。情けない。
何故剣をとったのかは知らない。何故君に剣を突き立てたのかは知らない。俺はそんなことできないから知らない。そんなのは、夢の中だけの話。でも、夢の中でも君は、変わらないんだね。






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