月夜の約束事

ーこんにちは、ベル。

ー今日は花束も持って来たんだよ。

ー…じゃあ、そろそろ帰るね。

ーまた来るから。

ーばいばい。


さくさくと緑に覆い茂る芝生を踏みながら小さな丘の上を下りていく。ちらりと後ろを振り返れば、何だか君が来いよ、って腕を広げて待ってくれてるみたいにも感じて…涙が溢れそうになった。…ばかばかしいかな。こんなとこベルに見られたら笑われちゃうね。








今日は、ベルの命日。




一年前のあの日。Sランク任務中に暗闇で後ろを取られた私を庇ってベルは撃たれた。私の目の前で。倒れたベルの心臓から溢れ出した血。血液。赤い液体。エトセトラ。
…なんとかその出血を止めたくて、血の溢れでる箇所を押さえたのに、止まらなかった。ドクドクと溢れて止まらなくて、苦しげにぜぇぜぇ呼吸を続けようとするベルに、涙まで溢れ落ちてきて。震える腕でベルを掻き抱いて、何度も名前を呼んだ。


ー『ベル、ベルっ!!!』

ー『っ……は…… 名無し…………』

ー『もうすぐ医療班も来るからっ!!』

ー『ゲホッ……おー…じ……なのに……情けね………』

ー『そんなことない!!私っ…!!!』

ー『も…一緒…いらん、ねー……』

ー『やっ…!!お願…ベルっ…死んじゃ…死んじゃやだよっ!!』

ー『泣く…なよ……… 名無し………愛…してる…から……俺の…こと……忘れて………幸せ…に…………………………』

ー『っ……ベル…?……べ、ル……う…あ、ああぁぁぁぁ!!!!!』



思い出せば思い出すほど悔しさと悲しさで溢れかえってくる。あの時、私がもっとしっかりしていたらベルは今も…。
いつの間にか握りしめていた左拳をゆっくりと開いていく。薬指にあるシルバーリングは、ベルからの最後の送りもの。もちろん、私の命が尽きるまで外す気なんてないよ。ベルは最後に忘れてなんて言ってたけど、忘れられるわけないじゃない。
…寧ろ、忘れろって言われたって忘れてやらないんだから。今も、一番大切で愛する人。






今夜は、ベルの命日だっていうのに満月だった。部屋のテラスで一人月を見上げながら、ベルのことばかり考えてて。
ねぇベル。ベルは一杯人を殺してきたから、地獄に行っちゃったのかなぁ。暗殺者がこんなことを考えるのもおかしな話なんだけど、ベルにはそっちの世界で幸せに暮らしてほしい。辛いめに、ベルを合わせたくない。こんなこと思ったって、非力な私にはどうしようも出来ないんだけどね。
あーあ…ベルがいない世界がここまでつまらないものなのなら、私もいっそ此処から飛び降りて、ベルのところに行こうかな。きっと私も地獄に落ちるんだろうけど、ベルと一緒に居られるならなんでも構わない。やっぱり今から飛び降りて……ーー


『………シシッ、名無し』
「……!!??」


何処からか聞こえる懐かしい声。あれ、おかしいな。どうしてこんなにも涙があふれてるの?…ベル、ベル。声の元を探そうと、キョロキョロと辺りを見渡す。
ふと屋根を見上げたとき、輝くティアラと月明かりに照らされて輝く金髪、見慣れたボーダーのシャツ。変わらない笑顔で私を見下ろすように見つめる彼にくしゃりと顔が歪んだ。


『何泣いてんだよ…』
「う、っく…ひ……」


ふわふわと私の前まで下りてきたベル。生きていた時より肌が白くて、もう生きてないんだって実感が沸き上がってくる。
勿論触れられないなんて分かってる。でも、どうしても君に行ってほしくなくて、抱きしめるように優しく腕を回した。ベルだ。ベルが居る。ベル、触れないけど、これだけでも嬉しい。ねぇベル。もっと一杯話したいことがあるの。もっと一杯一緒に居たい。また一度だけで良いから、みんなとご飯食べよ?ルッス姐も喜んでくれるから。


「ベル…会いたかったよ…っ…」
『王子も会いたかった……』


ベルの抜けてない王子の一人称は、懐かしくて余計に涙が止まらなくなった。頭を撫でるように動いているベルの手が嬉しくて、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま笑顔を浮かべる。そしたらベルも笑い返してくれて。


『まだ、付けてくれてんだな、それ』
「当たり前でしょっ…」


あの日からも変わらない薬指の指輪。これだけが今私とベルを繋いでいてくれてるものだから、外したくなんかない。…そういうベルだって、あるじゃない。ふと視界に入ったベルの薬指にも同じ指輪があって、大切にしてくれてるんだって感じた。
…なんで、ベルだったのかな。ベルが死ななくたってよかったのに。


『名無し…俺、名無しのこと最期まで幸せにしてやりたかった』
「ベ、ル……」
『今も、名無しに触りたくてしかたねぇのに、手はすり抜けてくし』
「っ………」

『俺…初めてこんなに一緒に居たいって人が出来て、生きる意味も知ったのに、もう死んじまってる。…俺も名無しと居たい。…でも名無しはまだこっちに来ちゃダメだぜ?』
「…!!私っ、もうベルのとこ行きたいっ…」
『名無しにはまだ未来があんだろ?もっと楽しんでから来いよ。王子先に待っててやるからさ』

「ベルっ………」
『… 名無し、愛してる。だから最期まで生きて』


その言葉が合図のように、それまで途中から月を覆っていた雲が晴れ満月の光に照らされていくベル。キラキラと輝いて、今にも消えてしまいそうな…。私から離れていくベルに気付けば足元からゆっくりと消えていっていて、必死に手を伸ばす。
何処か寂しそうな笑顔を浮かべているベルに、胸が痛む。そんなベルからきっと私がそっちに行くまで聞けない、此方での最後のお願い。


『名無し、笑って』


ゆっくり月に吸い込まれるように消えていくベルに、まだ一緒に居た頃のような精一杯の笑顔を浮かべた。





明るい光の射し込むテラスで一人、きれいに輝く満月を眺めていた。さっきまでのことが夢だったかのように、辺りは静けさと孤独に包まれている。
…ねえベル、見てる?私ね、ベルに会えて決めたよ。もう、君に会いに行くまで情けなく泣いたりしないから。だから、そっちで待っていて。ベルに胸を張って会えるように立派に仕事だってこなしてみせる。
…それと、そっちで暮らすことになったら、今度こそ未来の続きを描こう。此方で夢見ていたことを叶えるまで時間がかかってしまうけど、準備だと思えばなんてことない。明日から、また頑張らなきゃ。君に会う為に。


(月に照らされていた君は変わらず綺麗でした)

(次会えた時も、同じ笑顔で迎えて下さい)




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