柔らかく、溶ける

 朝、襖紙を通って部屋に差し込む日の光の眩しさに目を覚ます。頭とは対照的にまだ眠っていたいというように気怠く重たい体に少し力を入れて横を向く。綺麗な白い肌、スッとした鼻筋、薄くて艶のある唇、白くてしっかりと手入れの行き届いた髪。まるで人形のようなその人物は、その逞しい腕で私を抱き寄せ心地良さげに夢の中に居た。
 いつもは彼の方が起きるのが早く、滅多に見ることの出来ない寝顔を眺める。白い髪によく映える紅い瞳は今は瞼が閉じられていてこちらから見えることはないのだが、いつでも鮮明に思い出す事が出来るくらいに脳裏に焼き付いている。何せ毎日近侍として、また恋人として彼が出陣や内番でない時には一緒にいるのだ。思い出せない、なんて言う方がおかしな話である。
 やっと眠気から解放されてきた手を動かしては、彼の目元に掛かっている前髪を指先でそっと横にずらしてやる。触れた髪が指先からスルリと滑り落ちて毛先が彼の額を擽れば、その刺激に閉じられていた睫毛がピクリと揺れ、ゆっくりと瞼が開く。少しだけ覗いている紅い瞳はまだ微睡みから抜け出せていないのか、どこか揺蕩いながらもこちらを捉えていた。

「ぬし...さま...」
「ん、起こしちゃってごめんね」

 寝起き故に掠れたいつもより低い声で呼ばれれば、応えるように優しく頭を撫でてやる。力の緩んでいた腕に改めて抱き直されれば胸元にぽすりと彼の顔が埋まった。正直そこに顔を埋められるというのは恥ずかしいのだが、僅かに見えた彼の瞳が幸せそうに細められているのが見え、まあいいかと埋められた頭を抱き返した。
 そういえば目覚ましが鳴る前に起きてしまったなと思い出し壁に掛けられている時計に目を遣れば起床時間より2時間も早く起きてしまったらしい。もう一度寝直すのも考えたのだが、少し瞼を閉じたりしていても一向に夢に誘われる気配もない。寝ることは諦めようと1つ息を吐いては、埋まっていた頭がもぞりと動き、顔をこちらに向けた。

「もうお眠りにはなられませぬか?」
「うん...すっかり目が覚めちゃったみたい...」
「...では、小狐と散歩にでも参りましょうか」
「まだ早いし、気にせず寝ててもいいんだよ?」
「いえ、ぬしさまと共に眠り、共に目覚めるのも私の役目にございます」

 当然だと言う彼の瞳は微睡みから抜け出し、はっきりとこちらを捉えている。でも散歩に行くのはまだ少し肌寒いかもと言葉を返せば、彼はふむ、と少し考え込んだ後すぐにニヤリとした笑みを口元に浮かべこちらの耳に唇を寄せた。

「それでしたら、また暫し小狐と踊りませぬか、ぬしさま」
「......!」

 吐息をたっぷり含ませた声が甘く耳を撫でる。誘うような声色にぞくりと肌が粟立つのを感じた。彼が踊ると比喩して誘うのは、そういう事をする前である。じわじわと顔の熱が上がっていくのを感じて、隠すように毛布を引っ張り上げようとするもその手はすぐに捕らえられてしまう。顔を彼の方に向けていなくても、熱を孕んだような視線を感じてついスリッと太股を彼の脚に寄せれば腰に回されていた腕に更に強く抱き寄せられ、お互いの肌がぴったりとくっつく。朝だからなのか変に緊張してしまっているのだが、雖も皆が寝静まっていた夜更けに同じこの褥の上でまぐわい、気を失うまで愛されたばかりである。愛しむように体に這わされていた指の腹の感触や、余裕を無くした彼に何度も繰り返し呼ばれる真名、重なり合い感じていた彼の熱。思い出すだけで下腹部にきゅんとした切なさを思い起こさせるぐらいには、体は彼を覚えていた。

「...このような状況でもお考え事とは...私を焦らしていらっしゃるのですか?愛いぬしさまを目の前に待て、など出来ませぬ。私めは野生ゆえ...。また身も心も、すべて私で満たして差し上げましょう」
「こ、小狐丸っ...んっ」

 考え事と言うより彼の事を思い出していた、などと言える筈もなく、出来ないと言われた待てを咄嗟に口に出そうとすれば、それ以上は言わせないとでも言うように深く口付けられる。起床時間前といえど、朝餉の支度をいつもしてくれている燭台切や歌仙はおきているだろうと甘い口付けに溶かされていく理性の中考える。
 終わるまで、どうか誰もこの部屋の前を通りませんようにと心の中で祈りながら、こちらに覆い被さっている彼の首に腕を絡める。夜空には朝日影が溶け込み始めていた。







「主、おはようございます。お時間を過ぎても姿がお見えにならないので、ご様子を窺いに参りました。......主?入ってもよろしいでしょうか。......失礼します。...なッ!!」
「んん...?はせ、べ...?......えっ、長谷部!?」
 いつも主が目を覚まされ、お姿を確認できる時間より一刻を過ぎている。決して寝坊などなさるようなお方ではないが故に体調でも崩されているのではないかと心配になり部屋を訪ねてきたのだが、お声を掛けてみても一向に変事がない。もし倒れたりなどしていたらと考えるとぞっとした寒気を感じ、断りを入れてから襖を開ける。しかし予想もしていなかった光景に驚きを隠しきれず、つい声を立ててしまったと同時にカッと顔が熱くなったのが分かり早急に顔を背けた。

「...?何事ですかぬしさま...そのようにお声をお上げになられ、て...」

 主の隣で内番に出向かずたった今目を覚ました男は、未だ眠そうに一度主に目を遣った後にこちらを見遣りハッとしたように上体を起こした。言うまでもなく何も着ていない。となれば主が起きられなかった原因が少しでもこの男にあることは確かである。しかしながらこの男は悪怯れる様子もなく、有ろう事か見せつけるかのように主の柔い頬に唇を落とし、抱き寄せ、勝ち誇ったような笑みをこちらに向けた。...許すまじ。チャキッと音を立てながら柄に手を掛ける。

「...圧し斬る!!」
「は、長谷部待っ...あっ」
「...っ!?」

 見てしまった光景の、あまりの衝撃に頭がくらりと揺れる。そのままバタリと倒れ、意識を手放した。


 気付けばいつの間にか手入れ部屋におり、こちらを心配そうに覗き込む燭台切が見える。倒れてからの経緯が分からず燭台切の話を聞く限り、小狐丸によってここまで運ばれてきたらしい。...複雑な気分でしかない。

「ところで、どうして倒れたりなんてしたんだい?体調が優れなかったとか...」
「それは、.........っ〜...」
「えっ!?大丈夫かい、顔真っ赤だよ」

 何で倒れたのか理由など言いたくない、いや言える訳がない。...主の、裸を見てしまった、など。少し思い出すだけでも目に焼き付いて離れない白い肌が浮かんできてしまい、顔に熱が集まり始めてしまう。これは暫く忘れられそうにないと、盛大に溜息を吐く。小狐丸については後日しっかりと注意しておかないといけないなと思いつつ、これからどんな顔で主に会えばいいのかと悶々と頭を悩ませた。







「はぁぁぁ...」
「おや、どうされましたか?」
「...分かってるくせに」

 いつしか、日は真上まで昇っていた。朝、心配して見に来てくれた長谷部に見つかってから今になるまで何度聞いたか分からない長い溜息が聞こえてくる。原因としては、こちらに斬りかかろうとしたのを止めようとした際に何も身に付けていないのを忘れて起き上がってしまったことだろう。

「ですが、これでぬしさまが私のものであるとはっきり示せたのです。私は嬉しいのですが...ぬしさまはお恥ずかしいだけですか?」

 とはいえど裸を見られてしまったことは許しがたいのだが、とは口にはせず、そろそろと文机に向かうぬしさまに近寄る。こちらに気付いた彼女は朝の事もあり身構えているのか、何度も襖の方へ視線を遣っていた。また誰か来るかもしれないから、と口に出す割に逃げようとしたりしない辺り、特別怒っているという訳ではないらしい。
 そっと頬に手を添えこちらを向かせれば、横に泳いでいた瞳がこちらを見上げる。親指でツツッと唇をなぞればびくりと肩を跳ねさせ、その瞳を潤ませていた。頬を赤らめた表情は何処か煽情的で、事の最中を思わせるようでもある。ここまで私を引き込むなど、どこまでも罪なお方だ。ゆっくりと顔を寄せ、その唇に噛みつこうとして......ピタリと止まる。待っても互いの唇が触れ合わないことに気付いたぬしさまがこちらを見上げ、期待と不安の入り混じった視線を送ってくる。嗚呼、そんな愛いお顔をなさらないでくださいぬしさま、今は我慢しなければ今度こそ斬られてしまいます故。
 しかしそんなこちらの考えに気付く筈もなく、ぬしさまは私の頬を小さな手で包み込み、恥ずかしそうにしながらも自ら唇をこちらに重ねた。...襖の方から痛い程の視線と滲み出る殺気を背にひしひしと感じる。この男もこのような場にばかり出くわすなど、今日は運がついていないようだ。

「貴様っ...」

 少し開かれた襖の隙間の向こうに肩をわなわなと震わせて立っているのは......長谷部。どうやら今日の出陣について確認しに来たらしい。その手には何枚か書類がにぎられていた。朝見つかった時とは状況が違い、そう簡単にこの部屋からぬしさまを連れて逃げ出せそうにもない。暫く耳が痛い話を聞くことになりそうだ。



 その後、長谷部の前に二人並んで話を聞かされ、時計の短針が十一から十二に変わった頃。あまり正座の得意でない主が続く足の痺れの限界に瞳を潤ませていたことを泣かせてしまったと勘違いし、平謝りに謝罪する長谷部の姿が見られたとか見られなかったとか。
 この一件で本丸内では小狐丸と審神者が慕い合っていたことが広まり、何故教えてくれなかったのかと喜ぶ燭台切たちに赤飯を炊かれ、夕餉に男士たちによって宴会が開かれたことはまた別のお話。

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