桜の花びら三七枚


※このストーリーは外伝『上総介兼重と政府のお話』の内容が含まれます。読まれなくても問題はないように書いておりますが、時系列的には外伝のお話のほうが先なので、読んでからのほうがオススメですにっこり★



「はろはろつむつむ〜〜!Long time no see久しぶり〜☆」

「元気だったかいお嬢さん!」

「……うん。久しぶり、茱萸。貞宗」


政府の医療課のとある一室に訪れた紬の前に元気よく現れたのは、茜色のぱっちりとした瞳に特徴的な橙の髪色をした女性と、蜂蜜のような輝いた瞳に紺色の髪をハーフアップにした少年だった。
初陣で手入れが効かず、更には眠ったまま目が覚めなくなってしまうという非常事態に陥り、一度政府に預けられた紬。そこで出会ったのがいま目の前にいる二人、医者の茱萸とそのパートナーの太鼓鐘貞宗だった。彼女たちが協力してくれたおかげで本丸に帰ることが出来たと言っても過言ではないだろう。
それから定期的に異常はないかの確認をしてもらうようになったのだが、基本的には担当官である蓬が定期健診で本丸にやって来る上、茱萸たちも他の業務に追われて忙しくしているため彼女たちと会う機会はそれほどなかった。だからこうして会うのは久々なのだ。


「あれからcondition調子はどう〜?まあ今からcheckチェックするんだけど☆」

「うん、特には問題ないと思う」

「急に定期検診を早めてほしいなんて言い出したのはどうしてだい?……なーんて野暮なことは聞かないけど、無理だけはしちゃだめだぜ。お嬢さん頑固だから」

「返す言葉もない」

「けどまぁ、困ったことがあったら頼ってくれていいぜ!俺とお嬢さんのよしみってことで!」


綺麗にウインクを決めた太鼓鐘貞宗に、素直にありがとうと礼を言う。しばらく二人と会話を挟んだところで茱萸が、パン、と手を一度叩いた。


「さて、ちゃっちゃとStartしちゃいましょ〜かね!Talkはそのあとたっくさんしよー☆」


そう言いながらすっと眼鏡をかけると、さっきの明るさが嘘かのように仕事モードの表情へと変わった。
───彼女は優れた頭脳を持つ、いわゆる天才だ。
基本的には医者として医療課に所属する彼女だが、実のところその頭脳を欲しがる部署は医療課だけにとどまらず、刀剣研究課や開発課などありとあらゆる部署から引っ張りだこになるほどだ。それに加えて彼女自身が研究気質で、他の部署の興味のある問題にもたまに応えたりすることがあるため、政府が絶対に手放したくない存在と言っても過言ではないだろう。
そして、そんな彼女のパートナー。実はまだ未実装の刀剣男士である太鼓鐘貞宗は、元々とある本丸で紬と同じようにイレギュラーで鍛刀された刀だった。色々あって現在政府に身を置いている彼は、当時パートナーを持っていなかった茱萸をサポートしたいと希望し一緒にいるのだという。
さて、そんな彼女が検診をしてくれることになったのだ。万全な状態で幕末に潜入できる確信が持てた。
そのまま茱萸の指示通りに行動すれば、一瞬と言ってもいいほどすぐに検診が終わった。決して蓬の検診が遅いというわけではなく、彼女が異様に早すぎるのだ。
そして、政府に一緒に来たはずの和真は、蓬と幕末潜入についてのことを話してくると現在別室で話し合いが行われている。許可が下りるかどうかは和真の説得の腕にかかってくるだろうが、その辺はまったく心配はいらないだろう。霊力こそ審神者の平均値よりも低いが、その点を全て頭でカバーできてしまうほどの頭脳派だし、蓬もきっと理解してくれるはずだ。信頼できる。


「それで〜?つむつむは今度は何しようとしてるのかな〜?」

「え?」


だからその話し合いが終わるまで茱萸たちと待合室のテーブルに座って雑談をして待つことになったのだが、どうやら彼女にとってはこの雑談の方こそが本来の目的だったのだろう。


「あたしこう見えても天才だから!表情でなんとなーく分かっちゃうんだなー☆」

「おねえさんカウンセリングも得意だしな」

「Yes!だから話してごらん?事と場合によっては墓場まで持って行ってあげるし、あたしや貞りんに出来ることなら協力しちゃうぞ☆」

「……その心は?」

「何となく面白そうな予感!」


いい笑顔で意気揚々と答える茱萸と、やれやれといった表情で肩をすくめる太鼓鐘。相変わらずだ。
おねえさんの探求心は今に始まったことじゃねーけどワーカーホリックすぎて心配なんだよな……、と呟く彼は彼女の身体を気にしているのかだいぶ困っている様子だった。確かに休んでいるところはあまり想像がつかない。これは相棒も相当手を焼いていそうだ。
けれど彼女も蓬と同じく信頼できる人間だ。口が軽いわけでもないから、先程の言葉はきっと信用してもいいだろう。いざという時は協力してもらうのもいいかもしれない。


「───残念ながら、今のところその必要はないよ」


しかし言葉を口にする前に、後方からの声に遮られた。聞いたことのある声で、それが誰かは振り返らずとも分かる。


「久々だね」

「うん、そっちも変わりなさそうで」


立っていたのは予想通り、現在の蓬のパートナーである山姥切長義だった。彼も"現時点"では審神者への実装をしておらず、政府の仕事のみを熟している刀剣男士である。それ故に蓬に同行して和真の本丸に行くことを控えているため、茱萸や太鼓鐘貞宗同様あまり会うことのない一振りだ。
淡々とした挨拶を一言ずつ互いに交わして終了したところで、茱萸がすかさず「アイサツみじかっ」とツッコミをいれた。


「ところでちょぎっぴ!そっちのDiscussion話し合いもう終わった〜?」

「だからそのあだ名をやめろと……まあいい、話しは終わったよ。君の主が待ってる」

「了解。行く」


そう言って立ち上がれば、茱萸と太鼓鐘も同じように立ち上がった。え〜もう終わりー?さびしー!と口を尖らせる彼女に謝罪と感謝を伝える。


you're welcomeどういたしまして〜♪本当にPinchピンチの時は言ってよ!いつでも力になったげるから〜☆」

「だな!いつでも待ってるぜ!」

「うん、また来る」


それじゃ、と手を振る彼女たちに同じように返してから、山姥切長義の後に続いて待合室を出る。
そのままエレベーターで階を上がり、とある個室に入れば、和真と蓬が対面してソファに腰かけていた。
お、来たな。と呟く和真は紬に手招きをして隣に座るように促す。静かに指定された場所に腰を下ろすと、長義も流れるように蓬の隣に座った。


「…………大体のことは聞きました。本当に、アナタはいつも無茶しようとしますね」


若干重たい空気の中、溜息まじりに言葉を吐き出した蓬はいつも以上に困った顔をしていた。
大体のこと、とはきっと紬が潜入する理由───例の時間遡行軍のことも含めてなのだろう。


「……ごめん。でも今回ばかりは許してほしい」

「嫌です。……と言いたいところですが、こちらも隠密に動くには限度がありますから現状どうしようもないですし、仕方ないと言えば仕方ないのでしょうけど」

「申し訳ない……でも目的が分かれば何とかなるだろうから。」

「……それで何かあったら承知しませんからね。……とりあえず、向こうに行くにあたって一番重要な物は渡しておきます。長義、」


ああ、と言いながら山姥切長義がスッと差し出したのは紐のようなものと、ストラップのようなものだった。
それを受け取って見てみれば、紐はすぐに組み紐、ストラップは帯に挿す飾りの根付だということが分かる。根付をよく見れば、飾りに自分の紋が刻まれていることに気が付いた。
恐らくこれらが和真が言っていた『現世出陣』に使われるアイテムなのだろうということだけは分かるが、しかし一体これらは何で、どう扱えばいいのかまでは分からない。


「この組み紐と根付には術式が組み込まれています。こちらの根付は刀本体のみの顕現、それから組み紐は解くと変装の解除───つまり本来の戦装束に戻るといった仕組みになっています」

「本当ならもっと近代よりのアイテムなんだけど、幕末でも違和感のないように君のために特別に用意したんだから。感謝するんだよ」

「うん、本当に有難いと思ってる」

「異常がないかは前もって確認済みだが、どんな感じになるかは予め試しておいた方がいいかもしれない」

「和真様、彼女の定期報告については私にも逐一報告お願いしますね。動きによってこちら側でも策を練ります」

「もちろんそのつもりでした。助かります」


そのあとは例の時間遡行軍について紬から詳しく聞いたところで「本当に、気を付けてくださいね」と蓬から念を押され、その場で解散となった。
本丸に戻ってから実際に受け取ったアイテムで変装の解除と刀本体のみの出し入れを試してみれば、案外すんなりとでき、しっかりとコツも掴めたためこれで準備は整った。これでもういつでも───今すぐにでもいけるだろう。


「……必ず、原因を見つけてみせる」


平助くんの歴史も変えさせないし、この本丸の未来で起こるだろう"歴史"も変えさせない。紬は握っている拳にぐっと力を混めながら、そう強く決意したのだった。
江戸幕末潜入任務が、始まる。


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