「本当にいいのね?」
幽霊になってまで目の前に現れた───私の前世である女の人が、最後の問いかけをした。しっかりと頷いて見せると、再び小さく溜息をついた。
「……全部を知った後、私はもうこの場にいない。やっぱり記憶を消してほしいなんて言われても出来ないからね」
「ちょっ……、え?和音さんがいなくなるってどういうこと?」
「そのままの意味よ」
最初に少し言っていた通り、現世の中に入ればその存在の大きさに飲み込まれ、何とかして分かれていた2つの魂が一体化してしまう。そしてそれを行ったことによって、前世が持っていて現世に思い出せなかった部分の記憶が全部蘇るのだと、彼女は説明した。私が前世の記憶を全て思い出すには、その方法しかないらしい。加州くんも安定くんも、目の前の彼女の言葉を聞いて、そんな…と顔を歪めた。 私は知りたい。でも、前世が消えてしまうだなんて……。霊と言えど意志が個々にあるが故、悩ましい選択へと変わる。
「私は別に気にしないよ。どうせ死んでるし、ずっとこの姿でここにいたってどのみち総司に会えるわけじゃないもの」
けれど私の表情を読み取ったのか、彼女は肩を竦めて笑った。けれどその笑みはまるで自嘲するかのようで、瞳には悲しみを孕んでいるように見える。でも彼女がそう言うならば。うん、覚悟は決まった。
「……覚悟は出来たようね」
頷くのは私だけではない。加州くんも安定くんも、しっかりと彼女の目を見て深く頷いた。
「よし。じゃあまずは清くんと安くんからよ。そうね……方法だけど、夢を見せた方が早いかな」
夢?と首を傾げる安定くんに「口で説明するより充分早いし分かりやすいでしょう」と言ってとりあえず縁側に腰をかけるよう2人に促した。 彼らが知らなかった……今知りたい所は、前世の私が最期を迎える少し前からその辺りまで。つまり彼女が何を隠していたのかが知りたいと言うことだ。それなら、夢でもそこまで時間がかかることはないだろう。 縁側に座った2人の目の前に立った彼女は、5分くらいで見終わるんじゃないかな、と呟いた。
「……清くん、安くん。許されるとは思ってないけど先に謝っておく。ごめんね。……2人に会えて、元気な姿が見られて、本当に良かった」
悲しそうな表情で彼女を見つめる2人の頭を、ふわりと撫でながら「さぁ、目を閉じて」と彼女が微笑む。ゆっくりと目を閉じた2人。けれど突然、安定くんが片手を動かし、撫でている彼女の手の上にそっと自分の手を重ねた。驚いた顔を見せる彼女に気付くはずもない安定くんは、目を瞑ったまま呟く。
「僕も和音さんに会えて良かった……沖田くんと同じくらい大好きだったのは、昔も今もずっと変わらないからね」
「……和音。俺は和音が謝ってる理由がどんな理由であっても、和音を許す。だから……今更言うのは遅いかもしれないけど、思い詰めないでよ」
和音は、今も変わらず俺達にとって大切な人なんだからね。と安定くんに続いて目を瞑ったままの加州くんが言えば、安定くんもそれに同意するかのように強く頷いた。 彼女が涙を浮かべるくらいには、彼らの言葉はとても心動かす強い力があったのだろう。彼女は涙を必死に堪えながら、震えた小さな声でありがとうと言うと2人の頭に手は置いたまま深く深呼吸をした。
「……私も2人が大好きでした。だからこれからは、どうか幸せにね。……さようなら」
彼女がここに現れてから、1番最高な笑みだったように見える。彼女が目を閉じてほんの暫くすると寝息のようなものが縁側に座っている2人から聞こえだした。何も寄りかからずにそのままの体勢ではきついだろうと、彼女は安定くんをそっと隣にあった柱に寄りかからせる。
「……本当は起きるまで居てあげたかったけど、」
船を漕ぐ加州くんの頭を支え、呟いた彼女はちらりと私を見てきた。
「彼とはまだ結ばれてないの?」
「へ?」
「でも、見たところ、清くんとアナタお互いに愛しているんでしょう?恋仲ではないの?」
「ぜっ、全然違っ……。……加州くんとは、そういう仲じゃ……ない」
「そう、残念ね。……でもそういう話なら尚更総司のこと思い出さなくていいじゃない」
ボソリと呟いた彼女の言葉は虫1匹鳴きもしない冬の静かなこの場では丸聞こえだった。確かにそうかもしれないけど、私が知りたいと思った理由はそこではない。けれど反論する前に彼女が「アナタもこっちに来てここに座って」と片手で手招きしたため何も言えずにその会話は終わってしまう。 彼女の指示通り縁側の、そして加州くんの隣に腰を下ろせば、彼女は加州くんの体をゆっくりと倒し私の膝の上に頭を乗せた。
「よし、これで清くんが頭打たずに済む」
「……。」
まぁ、例え自分の前世であったとしても彼女が加州くんに膝枕をしてるのを見るよりかはマシだけど…。と思いつつ眠っている加州くんへ視線を落とす。 すると、彼の眉間に皺が寄ったのが分かった。うぅ、と加州くんの漏らした小さな声を聞き取り、安定くんの方はと確認してみれば、目を瞑ったままの彼も表情を歪めている。2人とも、たったさっき眠ったばかりなのに凄く魘されているではないか。 2人は大丈夫なのかという意味を込めて目の前に立つ彼女を見つめれば、だから言ったじゃないと言わんばかりの表情で見つめ返してくる。
「これだけ、2人が知ったら苦しい思いをする様なことを、私はずっと隠してきたの……」
彼らが魘され始めてからどのくらい立っただろうか。汗ばんでいる加州くんの目にかかる髪をそっと耳にかけて、考えても分かる筈がないのに夢の中で何が起きているのかを考える。 彼女はただただ黙って眠る2人を見つめていた。
「───さて、そろそろ時間ね。」
彼らの目が覚める前に、次はアナタの番。そう呟いた彼女の瞳は悲しみに満ちていた先程の目とは違い、まるで全てを諦めたかのようにどこかすっきりとしていた。
「本当はアナタにも2人にも教えるつもりはなかった。全部私が抱えて、幸せになって欲しかった。……今から見るのは前世が残した未練の部分。当然アナタにとって辛く苦しい思い出にしか変換されない……本当にごめんなさい」
「ううん、それを知った上で全てを知りたいと決めたのは私だから」
「アナタと私はとても似ているのに、何も似てないね。……どうか全て思い出しても、その心の強さが挫けてしまわないことを願います」
彼女の冷たい手が私の頬にそっと触れた。
「生まれ変わって、もう一度……この子たちと出会ってくれてありがとう」
目の前にいた青白い光を帯びていた女の霊───前世の私は、私とは全然似つかない優しい笑みを浮かべると消えていく。そして目の前から姿を消し、その場に残ったキラキラした光の何かが私の中へと入っていった。 そして不思議な感覚と共に、走馬灯のように記憶が次々に溢れて流れ出し、私は全て思い出すのだった。───辛く悲しい結末の、前世の記憶を。
総司が死んでから幾らか月日は流れた。私の側には総司が大切に持っていた刀が2振りだけ。持っていていてほしいと言われた形見が、たった2つだけ。 でも、それも。
「げほ、げほっ」
洗面所で水を出しながら、誰にも聞こえないように口を抑えて小さく咳き込む。口の中は独特な、あの───鉄の様な味が広がっていた。言わずもがな、抑えていた手には血がベタりと付いていて。
「はは…やっぱりあれだけ近くで看病してたんだもの……世の中そんなに物事上手くいかないよね」
はぁ、と溜息を付いて手を洗う。口を濯ぐ。 何事も無かったかのように綺麗にする。血で染まった口の中も、洗面所も。何もかも。
「ねぇ総司……私、嘘つきになっちゃうかも知れないや……」
総司がいなくなってから、彼らには私しかいないのに。また同じ悲しい思いをさせてしまうことになるかもしれないなんて。総司の一生の、最後のお願い、それさえも叶えられないかもしれないなんて。 ちょっと考えればすぐに分かる、酷く悲しい結末。 これからどうするべきかを考えながら、2人のいる元へ戻る。
「……総司は、こうなった私を……赦してくれる、かな…」
労咳になってしまった、私のことを。 |