▼想起編 77〜87▼ 

 82、懐かしき彼の温もり

名前も、見た目も。全てがそっくりの人物が私の目の前にいて、久しぶりだねと彼ら2人に微笑んだ。


「和音……」


加州くんの呟いた声にハッとし私より後ろにいた2人に目を向ければ、有り得る筈のないものを見ていていることに驚きを隠せない様な───でもどこか懐かしそうで、嬉しそうな目をしていた。残念ながら、もう既に彼らの瞳の中に私は映ってはいない。
疑心を抱きながらも目の前に現れた彼女をまじまじと見つめゆっくりと歩み寄っていく加州くんと安定くんに、彼女は「そんなに警戒しなくてもいいのに……」なんて言ってくすくすと笑う。


「ほんと…?ほんとに……」

「本当だよ。安くんの大好きな総司の、恋人だった和音さん。……ね?」


彼女は首を傾げて安定くんの反応を見ながら、優しく頭を撫でた。


「……本当だ……でも、冷たい」

「そりゃあ幽霊だもの。触れられるなんて思っていなかったから驚いたけれど……ほら、清くんも」


そう言い、安定くんを撫でたまま反対の空いた手で、彼の隣にいた加州くんの頭を撫でた。2人とも大きくなったねぇ、総司よりかっこいいお兄さんになったじゃない。なんて感心の声を漏らす。


「ねぇ……、和音は何でこんなところにいるの?」


加州くんが聞いてくれた本題に黙って耳を傾ければ、2人の頭を撫でる彼女の手が不意に止まった。彼らから手を離し真剣な顔付きに戻る彼女に、先程から治まらない胸のざわつきが一層強くなる。
目の前のその人は、一呼吸してから再び笑みを作り上げ、口を開いた。


「───ねぇ、総司が死なない未来で、また一緒にやり直したいとは思わない?」

「……っえ…?」


彼女が何を言ったのか、分からなかった。否、理解なんてしたくなかった。


「和音さん……それ本気で言ってるの…?」

「本気以外に何があるの?総司が生きてれば私も死なずに済む、清くんや安くんも総司とずっと一緒にいられる。悪い話じゃないでしょう?」


沖田さんが死なない未来をやり直す───つまり、歴史を改変して新しく未来を作る。沖田さんが死ななければ刀も預けられることは無いし、加州くんも安定くんも前世もずっと沖田さんといられる。沖田さんがずっと刀を握っていられる体で彼女の傍にいれば、前世の彼女が不逞浪士に殺されることもなかったことになる。


「……っ、」


でも、それはつまり。私の存在がなかったことになると言うこと。それが実際に叶ってしまった時、私は消えてしまう。
沖田さんと前世の2人か、前世の生まれ変わりである私1人。彼らからしてどちらが大切なのか、こんなの天秤にかけたら私の方が軽いに決まっている。
今まで歴史を守るために遡行軍と戦ってきた。池田屋だって乗り越えてきた。それなのに、彼らの心に大きく残っていた彼女に今ここでそんな事言われたら……。
止めたいのに声が出ない。身体が動こうとしてくれない。3人の中に入る隙なんて最初からないことを思い知らされて、何も出来ない自分の無力さが悔しくて、震える唇を誤魔化す様に下唇を噛んだ。火傷の痕が残ってしまった手をぐっと強く握りしめ、あの日の情景を思い出す。


『───オ、レモ……コンナトコ…デ、折レタ、ク…ナカッ………ヤダ、ヨ…』


刀や姿は無くなれども堕ちてしまった彼がそこにいたという事実、あの日苦しいほど痛く辛い思いをした出来事を、私は絶対に忘れないと誓った。あの刀の様な犠牲を出さないために、一分一秒でも早くこの戦いに終止符を付けられるよう精一杯戦いたいと決意した。それなのに……。
私は目を伏せ、彼らの姿を視界から外した。


「……和音さん、それはだめだよ」


ハッキリとした安定くんの声に伏せていた目を再び彼らに向ける。そう言われた彼女は黙ったままだった。


「僕は、沖田くんの過去も未来も全部守りたい。沖田くんが必死に作り上げた歴史を壊してまで幸せになることなんて出来ないよ」

「安くん……じゃあ、清くんは?」

「俺、は……」


加州くんはそう呟くと、俯いた。この後に紡がれる言葉がどんなものなのかは検討もつかない。けれど、手の届かない場所にだけは行って欲しくないと、ずっと自分の傍にいて欲しいと、ただ必死に、切に願うことしか出来なかった。お願い加州くん。お願いだから、どうか……


「一緒に行きたい、って思う……」

「っ、……」

「……けど、けどね。ごめん。だからって、その気持ち一つで和音についてはいけないよ……俺、」

「どうして……?」

「安定と一緒。みんなで過ごした日々は何も辛いことだけじゃなかったでしょ?俺には無くしたくない思い出があるから。それに今は……大切な主だっている。そんな主との思い出を忘れるなんて絶対に嫌だから……。だから、ごめんね……」


加州くんの言葉に、彼女はちらりと私を見た。温かいようで冷たいような眼差しが突き刺さる。
私に似ているのに、私じゃない。夢の中で見てきた彼女と、今目の前に立っている彼女の雰囲気は全く別物と言っていいほど何もかも違って見えた。まるで何の感情もこもってない無機質な、何か。


「……そっか、……うん、よかった」


けれどそれが嘘だったかのように、その言葉を呟いた彼女の表情はコロッと変わった。笑顔の溢れる、私も見たことあるような表情に。
安定くんが「……え?」と聞き返せば、彼女はいつも通りの笑顔でごめんねと一言謝った。


「試したの。今従うべき人のいる前で私に着いてくるなんて言ったら叱ってたところだったよ」

「な、何それ……」

「ふふ、流石は元総司の刀!主は間違えちゃダメだよ。……よし、2人の意思もはっきりと聞いたし、本題に入ろうかな」


苦笑する2人の頭を再び撫でながら呟くと、視線をこちらへと移した。足音なんてしない彼女は静かにこちらへやって来る。そして私の目の前にすっと立つと「生まれ変わった私は本当にそっくりね」と、ひんやりとした手でするりと私の手を取りながら、くすりとまた微笑んだ。


「……ふふ、本当にそっくり。乗り移ったりでもしたらすぐ馴染んじゃいそうな体ね」


目の前の人の言葉に耳を疑った。危険を察知して咄嗟に後退るが、既に手を掴まれていることに気付く。この人は、一体何を考えて、何をしたくてここにいるの?表情を見ても何一つ分からない彼女の思考にほんの少し恐怖を覚えた。いま目の前にいる彼女は、本当に私の前世なのだろうかと疑ってしまうほどに。
だがそれも束の間で、視界に黒が飛び込む。


「だめ。和音、やめて」


いつの間にか、目の前には加州くんが立っていた。


「主を取らないで。……っ、そんなことしたら、いくら和音でも、許さない、から……」


手を離して、と彼女に向けて言う加州くん。彼はそっと私の手を掴むと、彼女から引き離すべくそっとこちらへと引っ張った。私より少し背の高い彼の背中がとても広く感じて、何だか安心してしまう。私の初期刀、こんなにかっこよかったっけ……なんて。


「………清くん。今のは普通に冗談だよ」

「……は?」

「流石に今のは僕でも冗談って分かった。……和音さん、こいつ主のこと大好きだからそう言うのは本気にするよ。主のこと大好きだから」

「あはは、だろうね。見ててすぐに分かった」


彼女と安定くんがくすくす笑い出したのに対し、加州くんはポカンと突っ立ったまま2人を見つめていた。……冗談?正直、私も加州くんと一緒で、今の言葉が冗談だとは思えなかった部分がある。目が嘘を言っているようには見えなかったのだ。だから咄嗟に後退しようとした訳だけれど……。……まぁ多分、動揺のせいで思考が正常に回ってないだけで、ただの気のせいだったのかもしれないと深く考えるのはやめておいた。
唖然としている彼に「加州くん」と呟いて目の前にある背中をとんとんとつつけば、すぐに我に返って「そうやって遊ぶのやめてくんない!?」と顔を赤くしながら怒鳴り始める。カッコよかった加州くんは、一瞬にして可愛くなった。
ところで今が深夜だということを忘れていないかな。


「ふふ、ごめん。大丈夫よ、乗り移るなんてただの霊である私には力が弱すぎて出来ないから。入ったら逆に彼女に飲み込まれて一体化してしまう。……それに、私は許されないことをした。今更2人と一緒にいようだなんて言える立場じゃない……」

「……?それってどういう…」

「さて!ここからが本当の本当に本題ね」


加州くんの横からひょっこりと顔を覗けた私の背と同じ彼女は、次第に表情が真剣なものへと変わっていった。本題ということは、言わずもがな彼女がこの本丸にいた理由だろう。
分からない事はたくさんある。夢のこと、思い出せない記憶のこと、魂を同じくする者が1人じゃないこと。さて、目の前にいる私の前世だと言う彼女は一体何から話してくれるのだろうか。
本題に入ろうとしている彼女の次の言葉を待った。


「私の記憶を、返してもらいに来ました」


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