▼想起編 77〜87▼ 

 81、本丸幽霊騒動

「それにしても今剣たちが言ってたことってどう言うことだったんだろ」

「私が幽霊なのかって……?」

「うん」


朝ご飯はとうの昔に食べ終わり既にお昼すぎ。執務室でこつこつと書類をまとめていれば、ふと思い出したかのように、手伝ってくれていた加州くんが呟いた。主様は幽霊なんですか?今剣くんのその言葉から始まった出来事は、未だに鮮明に記憶されている。


『きのうのよる、ねるまえにみたんです……』

『僕も今剣と前田と見たよ。主さんみたいな金でふわふわ〜ってしてる髪でね、袴を着て外を歩いてたの。だからてっきり、みんな主さんだと思ってたんだけど……』

『僕もどうしたのかと思って皆さんと見ていたのです。そうしたら突然フッと消えてしまって……』

『俺も夜中、五虎退を厠に連れてった帰りに偶然見ちまったんだが……確か加州の旦那たちの部屋の前辺りに立ってたな……。俺達は何が何だか訳が分からん。……けど、その顔じゃあやっぱアンタも知らないようだな、大将』

『っ、あ、主様は、お化けじゃないですよね……?』


九重家に生まれ十数年。両親も兄もいてきちんと成長もしている。体温だって痛覚だってもちろんあるし、何より実体しているし体透けてない。幽霊っぽい例を挙げてみたら普通に分かるだろう。全くと言って当てはまらない。うんだって生きてるもの。
私が幽霊か?そんなわけないでしょ。あの場での返答はもちろんノーに決まっている。というか悩むまでもない。


「でも今剣だけじゃなくて粟田口の短刀もその幽霊見かけてるってなると……やっぱり主が無意識に徘徊してるとか?それか幽体離脱……ってやつ?」

「安定くん仕事してる私の前で美味しそうにお八つ食べながら変な事言う嫌がらせやめてくれない?」

「あげないよ?」

「うんそう言う意味じゃなくて。……あーもういいや、なんか集中力切れたから仕事やーめた!」


シャーペンを投げ置きどさっと倒れるように畳に寝転がる。加州くんも休憩しちゃって〜なんて言いながら、仕返しにお八つの桜餅をモグモグしてる安定くんの頬を突っついてやった。めっちゃ睨まれた。


「昔の安定くんは素直で純粋で可愛かった筈なのにどうしてこんな反抗的になっちゃったの……」

「和音さんはいつも優しくて大人っぽい人だったのに……主は子供みたいだねー」

「こんにゃろう……安定くんだけ今日の晩ご飯少なめに注いでやる」

「いいよ別に燭台切さんにおかわり頼むから」


くっそうああ言えばこう言うなこの子は……!


「安定なんかほっときなって主。いーじゃん昔から変わらず素直で純粋な可愛い俺がいるんだし?」

「うわ不細工が何か言ってる」

「やすさだおまえころすぞ」


喧嘩を始めそうになる2人を急いで止めに入り、今話すべき大切な本題に話を戻す。
幽霊を見たのは今剣くんと乱ちゃんと前田くん、そして薬研くんと五虎ちゃんの5人。それも別々に目撃してたわけだから昨日のうちに2回は現れているということになる。
だが目撃はこれだけじゃなかった。目撃者はずおくんで、それも昨日ではなく一昨日の夜。ウトウトしながら自室へ向かう途中に見かけた(気がする)だそうで、私に聞きに来なかったのはただ単に寝ぼけてたのだと思ったかららしい。本人曰く「あれ、今主がいた気がしたんだけど……見間違いかなぁ?……まぁ、いいか!早く寝よ〜っと……みたいな?あはは、まさか幽霊とは思いませんでした!」と笑っていた。やっぱり未だによく掴めない男だ。
とまぁこんなに目撃者が多いともはやミステリーホラーになるわけで。これはもう早々に解決するしかない。


「でも何で私に似た幽霊なんかがこの本丸に……」

「絶対に主ではないんだよね……?」

「もちろん!だって私は毎日夢見せられて……」

「夢?」


しまった、と思った時には既に遅く。いつか時期を見て話そうと思っていた夢のことを今現在ぽろりと口に出してしまった。思わず両手で口元を抑えるが時すでに遅し。
主、夢って何……?と首を傾げる加州くんからじわじわと怒りのオーラが見え始めたのはきっと気のせいだと思いたい。また何か隠してるの?と低い声で呟きながらも、だんだん笑顔になっていく彼の顔は見えてないし見てない。隠してるわけじゃなくてね、タイミングを伺ってただけだよ。
でも墓穴を掘ったのは自分だから、いまこのタイミングで正直に話すしかない。


「加州くんと安定くんが見た夢、私はここ最近毎日見てるの。……でも夢見るのだってもう慣れてるし、身体に負担がかかってる訳でもない。それに一方的に心配させちゃうだけだから……今2人に告げるほどの事じゃないと思っただけ」

「そ、それでも……俺に言った所で何にも変わらないかも知れないけど……!俺は、主のことちゃんと知りたい!1人で抱え込む姿は見たくないの!だから……」

「ありがとう、ごめんね……。でも今はまだ大丈夫。1人じゃダメだと思った時は必ず加州くんを頼るから。ね?」

「……うん、絶対だからね」

「……と、それで話戻すけど……だからもし、幽体離脱とかだとしても、私の意識は夢の中にあるから、それは有り得ないんじゃないかなって……」


その前に何度も言うけど、どっからどう見ても私は生身の人間だ。心臓も動いてる。絶対に違うと断言したい。……と、なると。私じゃない誰か。


「私に似てる人なら……私以外にもう1人いる」

「でも、それって……」

「……いやいやそれじゃ主は生まれてないよね?」

「だよね…そうなんだよね……」


死者の霊魂が新しく生を受け再び生まれることを輪廻転生という。前世が死んで生まれ変わったから私がこの世にいるのだ。この世に未練があって成仏できない幽霊、それが前世だと言うのは有り得る筈がない。


「……どうも納得いかない。」


幽霊が私に似ているかどうかは置いておいて、今朝の薬研くんの証言。加州くんや安定くんの部屋の前辺りの庭にいたということ。まぁ私の隣の部屋という事になるんだけど。何で幽霊はそんな所にいたのか。ずおくんが一昨日の夜に見たってことは何かをしたくて一昨日から現れてるってことでしょ……?その一昨日の夜から起きたことといえば。


「……加州くんと安定くんが夢を見た日の夜か」


そして、私の夢が変わった日の夜になるのだ。色々と、問題が被りすぎている。訳が分からない。


「あーもう!考えたって答え出ないから事情聴取してやる。今晩ゆーれい取っ捕まえることにした!」

「……霊相手に逞し過ぎない?うちの主」

「さすが和音さんの生まれ変わりだけはあるね」


思い立てばすぐ行動だ。今晩にでも真実を確かめたい。……私の考えたある1つの仮説だけは当たらないで欲しいのだけれど。





「……で?何で2人とも付いてくるのかな?」


夜も更け、ちらほらと寝出す刀剣たちが現れる時間帯。どこかに潜んで待つ前に、1度幽霊探索しようと庭に出れば、そろりそろりと黙って後ろをついてきた赤と青。君たち隠蔽出来ないわけじゃないのにどうしたのバレバレだよ。


「主に何かあったら困るから」
「興味本位」

「ねぇ理由合わせようよ」


私の質問に、二つの声が重なった。いや安定くん……うん、加州くんの返答に対してとても好奇心旺盛だね。別にいいけど。


「現れるか分かんないんだし先に寝ていいよ。と言うか特に安定くん明日遠征あるでしょ。寝なさい」

「霊に殺されかけたことのある主を1人残すわけにはいきません」

「興味本位って言った安定くん理由変わってるよ」

「って、清光が思ってたから代弁してあげたの」

「……いやまぁ、思ったし言おうとしたけど…」


度々喧嘩するくせにそういう時だけ一致団結するのやめてくれないかなぁホント。
もしその幽霊が私たちの見た夢と何か関係しているとしたら、狙われるのは私だけじゃなくて加州くんや安定くんもかも知れないということ。2人に危害が及んでしまうのは、こちらとしても避けたいのだけれど……寝ろって言っても聞かないからなぁ…。


「分かったよもう……いてもいいよ……、ただ危ないと判断した場合は全力で逃げてね」


頷く2人に小さく溜息をつきながら、彼らの部屋が見える庭の影からいつでも覗けるように隠れて3人で腰を下ろす。
今回の騒動は謎の点が多い。そもそも結界が貼ってあって侵入出来る筈のないこの本丸に関係ない者が故意で入ってきているということ自体がおかしい。兄さんから貰った立体型の蓄霊機だってセットして二重結界にしてある。それを難なく通って本丸内に入ってきた"何か"は只者ではない筈だ。
本当にただのなんとなくな勘だけど、少し嫌な予感がするのだ。胸のざわつきが止まらない。2人を部屋に戻して中で待機して貰ってた方が良かったかもしれない。今からでも遅くはないかな…


「やっぱり……───」


2人に部屋に戻るよう指示を出そうとした。けれど、言葉が詰まる。
うっすらと何かの気配がした。2人はまだ気付いていないようで話しかけて口を噤んだ私を不思議そうに見ながら首を傾げている。……遅かった。微かに漂う気配の方向はこの2人の部屋の近く。
最初から何となくそんな気はしていた。ただ何の根拠もなかったし、非科学的で有り得ない話だと。何より生まれ変わりの私がいるのに霊がいるのは理にかなっていない。それなのに、どこか納得いかなかったのは他の情報が多すぎたから。不思議なことが同時にいくつも起こったら関連付けてしまうのは無理もない。でも、気配のせいで今、確信した。
私は静かに立ち上がると、ゆらりゆらりと漂う気配の方を見つめた。後から立ち上がった2人も私の視線の先と同じ方へ目を向ける。あーあ、当たって欲しくない仮説がまさか本当に当たるなんて。
姿を見せた女の人。それは、とても違和感が無いくらい、似ていた。……そりゃそうだ。


「……和音、さん…?」


だって正体は私の前世だもの。
振り向いた私とそっくりの顔のその人は、ゆっくりと儚げに微笑んだ。


「……久しぶりだね、清くん、安くん…」


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