▼想起編 77〜87▼ 

 80、1人と例外の2つだけ

目が覚めて、思わず溜息が漏れた。濡れた形跡のある目尻を指で拭って起き上がる。
もはや毎日恒例となってしまった夢に嫌気がさしながらも、どうすれば残りの抜け落ちてしまった記憶を思い出すのか、はたまたどうすれば夢を見ないようになるのかを頭の隅で考えながら側に置いていた袴に手をかけた。
毎度のことながら午前5時という中途半端な時間に夢で起こされてしまった私は、着替えて部屋を出てから冷えた廊下を歩き厨まで行くことが多くなっていた。お湯を沸かしコーヒーを淹れてから、厨の横の部屋のテーブルに腰掛け一息つく。


「んーー……思い出せない基準が分からない……」


みんなが起きてくるまでの時間は、冷静にじっくりと夢のことを考えることが出来るのだ。だからこの時間は、もう一度寝直すことはせずにコーヒーで目を覚まして1人で頭の中を整理することに費やしていた。
今日はメモ帳とペンを持ってきて、前世の人生を時間軸にしてざっと書き出してみる。壬生浪士組として活動していた時から後の歴史になる戦いは覚えていた。池田屋事件、禁門の変、油小路事件、鳥羽伏見の戦いも……。色々な戦いや前世の人生に関わってきた人物───勿論前世の自分が嫌いだった家族のことも、ただ1人と例外を除いて、全て思い出せていたのだ。
完全に思い出せないのは決まって沖田総司のこと。彼が関わっていた出来事や、会話。それらが全て思い出した記憶から抜け落ちている。例えば、試衛館に入る前。私と沖田さんは幼馴染だと言うが一体いつどんな出会い方をしたのか。例えば、寝込む沖田さんの看病をしている時。そもそも労咳であることをいつ知ったのか。本当に何も、これっぽっちも思い出せなかった。
そしてもう1つの例外。それは自分自身ことだった。沖田さんとの会話で自分が言ったことはもちろん思い出せていないのだが、それ以外に1つほど。沖田さんが亡くなってしまった後の生活のほんの一部。それも前世の私が死ぬ少し前の、何日かの記憶。
あの新しく増えていた夢の出来事がまさにそうで、どんな意図があって、どんな思いで紡いだ言葉だったのか分からなかった。あの時前世が呟いた『嘘つきになっちゃうかもしれない』の意味。その嘘をついてしまうことによって、誰かに許されるかどうかを気にしていた。……まぁこれは疑問に思わずとも、きっとこの相手は沖田さんだろう。他にも呟いていた『願うことならずっと一緒にいたかった』や『何もしてあげられなくてごめんなさい』という言葉だって、亡くなってしまった沖田さんに向けた言葉だというのが流れからして自ずと分かってくる。
でも夢はそれだけじゃない。2人を置いて出かける時の夢も見た。"和音"はどこに『ちゃんとした格好で出かける』予定だったのか。結局その出先で殺されてしまった訳なのだが、どこへ行くつもりだったのかは分かっていない。これは加州くんや安定くんは知らない為、私が思い出さない限り真相は謎のままだろう。
けれど記憶や感情は思い出せていないものの、死ぬ直前の『思い』は夢でも感じることが出来た。まだ生きたいという未練と、また会えるなら次も会いたいと言う願い。正反対の2つの気持ちが合わさりながらも、思っている相手のことは同じで。彼女が、本当に沖田さんと加州くん安定くんを愛していたことが伝わってきた。……。


「……思い出せないのは、思い出さなくてもいいことだから…?……って、そんな訳ないか。流石に」


浮かび上がった一つの考えは、すぐに違うと自分の思考から消去する。それならなぜ私に前世の夢を見せるのか、って言うのがそもそもの疑問になってしまう。
何一つ考察に進展のない状況で、深い溜め息をつかざるを得ない。どうしたものかと、暫く考え込んでいたせいで少し冷めてしまったコーヒーを流し込めばつい噎せ返ってしまった。右手で口を押さえながら、少し答えを焦りすぎたかなと考える。


「はあ……もう考えるのはやめ───、っ」


押さえていた手を離せば、ちらりと赤が見えた。もしかしてと掌を広ければ、そこには前にも見た……いや、前よりもリアルでべたりとした赤黒いものが付いていた。驚きのあまり息を呑む。咄嗟に反対の手で口元を触って、赤がつくかを確かめた。
けれど、何ともなっていなかったようだ。自分の口から出ていたものではないと言うことがはっきりと分かり、視線を戻せば右の掌に付いていたような赤黒いものもなくなっている。
……やはり、何か意があるのか。
あの時の赤はただの気のせいだと思っていたが、2度目……それも前回よりはっきり見えたとなれば話は変わってくる。思い当たることがあるとすれば、やはり前にも思ったように、ただ1つだけ。


「……沖田さんの肺結核、の、幻覚ってこと……?」


1度目も2度目も片手を顔付近に近付けてからだった。1度目は咳をする幻聴を聞いているけれど、2度目は実際に噎せてしまって咳をしている。咳関連からすると、肺結核に関係していると確実に言えそうだ。これが何を暗示しているのかまだ分からないけれど、きっと夢と同じで何かあるのだろう。
夢やフラッシュバックだけだったならまだしも、幻聴やら幻覚やら……。はぁ……とうとう頭大丈夫かと心配になる。盛大な溜息も出る。薬?そんなのやってるわけないじゃない。


「何の解決もできてないのに、次から次へと分からないことが増えてく……」

「あれ、今日も早いね主。お早う」

「あ、おはよう燭台切さん……えっ、もうそんな時間?朝ごはん作り始めなきゃだね〜」


後方から声がして振り向けば、身嗜みを整えて既にかっこよく決めている笑顔の燭台切さんが立っていた。挨拶を交わすと、目の前のメモ紙をくしゃりと丸めてゴミ箱へ放り、もうそんな時間かと時計に目を移す。


「毎回思うけど主は少し働きすぎじゃないかい?朝ご飯くらい僕に任せてゆっくり寝てくれてていいのに……」

「そんなの気にしなくていいんだよ。私が好きでやってるだけだから。……それに、昔から早起きしててもう癖になってるし」


そう言ってくれる燭台切さんも朝早くからありがとうとお礼を言うと照れくさい笑みを見せながらこちらこそと呟いた。ひゅーイケメンだねえ伊達男。
さてと、と呟いてメモ帳とペンを元の場所に戻し朝ご飯を作るべく厨に入る。いつもとあまり代わり映えはしない料理になってしまうけれど、やはり食べられるものが限られてくる朝は仕方が無いだろう。その代わり朝は洋食と和食の日替わりだ。味噌汁だってもやしや油揚げだったり茄子だったりなめこだったり。色々な種類になるように心掛けてるつもりだ。みんなが飽きないように卵の使い方にだって工夫している。
朝ご飯をきちんと食べて、戦う男士たちにはエネルギーと言う名の力を沢山つけてもらわなきゃ。ただ審神者で主だからと言ってあれこれしろと命令だけを下すようなことはしたくないし、自分にも出来ることをしてあげたいと思った。だからこうして、ちょっとでも朝から元気になれるようにと思って厨に入っているのは秘密だ。
朝ご飯を作っていれば、堀川くんや一期さん、小夜ちゃんが厨に顔を覗かせた。彼らはよく合掌の時間前にやってきて食卓にご飯を並べるのを手伝ってくれる。因みに合掌時間は大体7時くらいだ。
人数分のご飯や味噌汁を装い終えると、エプロンを外して燭台切さんと朝食の並んだ居間へ向かった。よしこれで後はまだ揃ってない子を呼びに行って貰うだけだ。


「あ、主おはよ〜」


居間へ着けば丁度入ってきた加州くんが私に気が付いてにこりと微笑んだ。朝から身嗜みをバッチリ決めて非の打ち所がないくらいきちんとしている彼に毎度ながら感心する。いつも可愛くいること、が口だけじゃなくて本当に1度として怠っていないのは本気で凄いと思う。私より遥かに美意識が高い。ただちょっと眠そうだなと思ったのは置いておいて。


「おはよう加州くん。今日は夢見ずに眠れた?」

「あー、うん。夢は見なかったかな」


主こそ眠れた?と聞いて首を傾げる加州くんにもちろんと頷いた。昨日の今日で、更に心配なんかかけられない。……夢のことは、時期を見て話そうとは思っているけれど。


「あっ……、あるじさま……!」


居間の外から私を呼ぶ声が聞こえたと思えば、ドタドタといくつもの足音が廊下から響く音が聞こえてきた。徐々に音が大きくなるそれに、一体何事かと加州くんと顔を見合わせれば、立っていたついでに廊下へと足を運ぶ。視線の先には、今剣くんと粟田口の短刀何振りかが走ってくる姿。
彼らの勢いは止まらずに私の元までやって来きた。今剣くんや乱ちゃんは不思議そうに私をまじまじと見つめてくれば、半泣き状態の五虎ちゃんはタックルの如くしがみつく様に抱きしめてくる。


「ど、どうかし───」

「あるじさまは、ゆーれいなんですか?」


次から次へと、今度は一体どういうことだ。


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