▼想起編 77〜87▼ 

 79、抜け落ちた追憶

「思い出した、って……」


一体何を、と首を傾げた安定くんとキョトンとした顔でこちらを見つめる加州くんに「えっと……前世の……」と呟きながら落ちてしまったスプーンを拾った。その前に食べ終わったからお店出ようか、と支払いを済ませ甘味処を出る。ごちそうさまでした美味しかったですまた来ます。そう思いながら店を出て砂利道を歩き始めた。


「それで……?思い出せたって何を……?」

「新撰組のこと。前世の記憶、全部……なのかな?」

「え……ちょ、ちょっと待って。急すぎて全然ついていけないよ……じゃあ、主は隊のみんなのこと全て思い出せたってこと?」

「うん、土方さんや近藤さん。藤堂くん斎藤くん永倉くん原田さん源さん……その他の人たちのことも、全部」


頷きながら、ハッキリと告げる。すると今まで安定くんの質問と私の答えを聞いていた加州くんが、眉を垂らして主と呟いた。嬉しそうで悲しそう、そんな表情を見て胸がきゅうと締め付けられる感覚。


「それじゃあ、あの人のことが好きだった理由も全部……思い出せた、ってことだよね……」


前に加州くんに質問された時は何も答えられなかった。加州くんの言うあの人、つまり沖田総司。今まで明確な理由が思い出せなくてずっと言えずにいた、前世の私が沖田さんを好きになった理由。今ならきっと分かるはず。きっと答えられるはず。
沖田さんのことを、そして私の気持ちを、思い出してみる。───はずだったのに。
つい、砂利道を進んでいた足が止まる。


「…………え……」


あれ。なんで。どうして。


「どうかした主…?」

「………思い出せ、ない……」

「え?」

「あ、あれ……待って……何で、何で沖田さんだけ何も思い出せないの……」


いや、それだけじゃない。思い出せないのは沖田さんだけではなかった。自分自身のことも思い出せていない部分があるのだ。だけど自分よりも沖田さんの方が思い出せていないことが、遥かに多くて、大きい。
これじゃあ、答えられないじゃない。


「思い出せない、って……」

「分かんない、他の人のことはきちんと思い出せるのに……今までに思い出した以外の沖田さんのこと全然思い出せない……っ」

「落ち着いて主」

「幼馴染みで恋人だった人なのに……1番長く一緒にいた人なのに!なのに何ひとつ思い出せないなんて、こんなの可笑しすぎるよ……何でよりによって沖田さんと私のことだけ思い出せないの……!?何で……っ!」

「もういいよっ、考えるのやめよう!聞いてる主?ねぇ主やめてっ……!」

「主……ほら、本丸に戻って少し休もう?」


加州くんが止めようとしてくれても、安定くんが取り乱している私の背中を優しく摩ってくれても、既に感情のコントロールが利かなくなっていた私は彼らの心配する顔や声は届いてこなかった。ただ、無意識でひたすらごめんねと謝り続けた私の目から、とめどない涙が静かに零れているだろう感覚だけが伝わった。





あの時泣いていたのは、記憶を思い出したことで蘇った和音の感情?それとも、主自身の気持ち?あの時ひたすら謝り続けていたのは、大切な人だったのに思い出せなかったあの人への謝罪?それとも、俺の質問に答えることが出来なかった罪悪感?
自室の布団の中でぐっすり眠っている主を見つめながら、ふとそんなことを考えていた。
自室に戻ってくるなり、布団を敷いて彼女を横にすれば疲れたのかすぐに眠ってしまった。安定はみんなに伝えてくるからここはお前に任せるよと一言だけ言って部屋を出ていったため、今は部屋に俺と主だけだ。
眠っている主の顔をじっと見つめながら先程の出来事を思い出せば、また胸がじくじくと痛むような感覚が襲ってきた。


「あーあ…。……やっぱあの人には敵わないや」


刀は所詮武器で、もっと言えば喋るはずのない物。人間同等の心を持つなんて本当はありえない話なんだ。
刀である俺のこの気持ちなんて、人間だったあの人の気持ちに勝てやしない。それはずっと、絶対に。
安定は何だかんだ言いつつも俺と主が上手くいくようにと助言してくれたり相談に乗ってくれた。俺だってそんなあいつには感謝してたし、主と上手くいきたかった。
けど、それが根本的に間違ってたんだ。


「……も、諦めちゃおっかな……」


今この本丸にあの人はいない。だけどどんなに記憶が無かろうと主の心の中には永遠に居続けていると、そう思い知らされた。思い出しても思い出さなくても一緒だ。俺は永遠にあの人を越えられない。
手を伸ばせば届くくらいの距離にいるのに、こんなに誰よりも一番近くいるのに、主が遠い。この関係が一瞬で脆く崩れ落ちてしまいそうで、それがたまらなく不安で怖くなった。
好き。大好き。愛してる。触れたい。抱きしめたい。こんなにも思いは溢れているのに、受け止めて欲しい相手はどこか違う場所を見ていて振り向いてはくれない。相手に届けられない思いは何の意味も、価値もないのに。
顔にかかっている髪を避けて、横髪をさらりと掬う。ゆるいウェーブのかかった長い金髪の髪は重力に負けて、指の間からするりと落ちていった。もう一度掬って、それに唇を当てる。誰も見ていないのに自分のしたことが急に恥ずかしくなって、また、するりと髪を落とした。


「……ん、ん……」

「!あ、主……起きた?」

「あ、れ……加州くん……?」


目を覚ました主は、体を起こしながら辺りを見回した。ずっといてくれたの?と首を傾げる主に小さく頷いて気分はどうか尋ねる。


「……もう大丈夫だよ。さっきはごめんね、取り乱しすぎて……驚いたでしょ?」

「ううん、もうちょっと休んどけば?」

「平気だよ。全部思い出せたと思ってたからびっくりしただけ……。冷静になって考えてみたら思い出せないのは今までと何ら変わりないなって思って……心配かけてごめんね」


もうこんな時間か……昼餉の準備しなきゃね、と言いながら立ち上がる主。けれど急に立ち上がったせいか、足元がふらついたのが分かった。急いで俺も立ち上がり倒れそうになった主を真正面から受け止める。受け止めることには成功したのだが、咄嗟の事で対応しきれず布団の上で尻餅をつく形になってしまった。


「……主、大丈夫?」


抱きしめたまま彼女に問う。この距離が、伝わる体温が心地よくて。この手を離さなかったら、主は困ってしまうだろうか。……困らせてみたい。俺のことをもっともっと意識して、悩ませたい。……なんて、ね。俺にそんな度胸なんてないの、自分が一番よく分かってるのに。
主からの返事はなかった。不思議に思いつつ背中に回していた腕を解く。


「……?あるじ───」

「もうちょっと……」


ほんの少しだけ、俺の背中に回していた主の手が強まった気がした。この体勢から、彼女の表情は見えない。


「……ごめん、もうちょっとだけ……このままがいい……」


お願い、なんて呟く主。そんな彼女の言葉一つでこんなにも嬉しくなる自分が悔しい。ずるい。
諦めようかなって思った。けどこんな軽い意思で諦められたら、どんなに簡単なことか。それが出来ていたらこんなにも心が苦しくなっていない。もっと言えば、それが出来ないから……どうにもならないから苦しいままなんだ。
主はあの人のことを好きになる事はもうない、とそうきっぱりと言ったくれた。けれどもし、あの人のことが忘れられないくらい好きになっちゃったら……。そしたら、今度こそ潮時だろう。諦められないのは目に見えているけれど、素直に身を引こうと思う。だからそれまで。主の本心を知るまでは。


「……ん、いーよ」


主のこと、好きでいさせてよね。


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