ガタン、とした大きな物音はどうやら彼ら2人が勢いよく自分の部屋の襖を開けてしまったかららしい。涙を零しながら抱きついてきた2人に、状況が判断できずも受け止めどうしたのかと聞く。
「和音さん……!っ主、和音さんが……!」
襦袢姿と結んでいない髪、まるで今起きましたと言わんばかりの格好でやってきた加州くんと安定くん。安定くんは兎も角、いつも身嗜みを整えてからでないと私の前に現れようとしない加州くんまでがこの状態。きっと只事ではないのだろう。三日月おじいちゃんもそれを察してか、真剣な眼差しで彼らを見つめていた。 私に抱きつきたまま和音という名前を繰り返し涙する安定くんの頭を優しく撫でながら、安定くんよりは取り乱してない加州くんに説明を求める。
「和音の……夢、見た……沖田くん、を、看取ってから……和音が……斬られっ、……ところ、っまで、」
「っ、う……和音、さ……」
「……たぶ、ん……安定も、同じ」
沖田さんを看取ってから、前世の私が斬られるまでの夢。つまり私が審神者になる前に見ていた、そして、最近毎日のように見せられていた靄のかかってしまったあのシーンの夢を?ふたりが見た?
「……そっか、よしよし。辛かったね……」
泣き止まない安定くんをあやす様に抱き締め返し、背中をさする。空いた手で加州くんの涙をそっと拭い頭を撫でた。 それにしても、なぜ2人同時にあの夢を見たのだろうか。そもそも彼らは前世の私ではないし、実際にあの殺される場面を見ていた訳でもないのだ。……誰かが故意に見せたとしか考えられない。だけど一体誰が何のために、どうやって。
「あるじ、は……こんな夢見せられてたの?」
「……そうだね」
だけど加州くんや安定くんたちのように過去を知ってから見たのではない。この夢が表す本当の意味を分かっていなかった分、ダメージは彼らほど大きくなかった。そりゃ、夢の中の自分が斬られて殺されるわけだから少なからずダメージがないことはないのだけど。 いくら昔だからと言っても辛い思い出をそう簡単には振りほどくことは難しいだろう。だから私は、こんな状況の2人を放ってはおけない。
『───清くん、安くん。お出かけしよう!』
「……加州くん、安定くん。今日ちょっとお出かけしよっか。一緒に行きたいところがあるんだ」
少し嫌な予感がしたのは気のせいだと信じたい。
「ん〜やっぱ美味しい!」
餡蜜を一口頬張ると抹茶と黒蜜の甘くてほろ苦い味わいが口いっぱいに広がった。
「主……来たいとこってここだったの?」
「そうだよ?1度来てそれきりだったからね」
目の前の甘味に夢中になりながら加州くんに返事を返し、もう一口と手を進めた。 そう。ここは安定くんと出会った時に加州くんと2人で来ていた甘味処。ついでに言えば安定くんも暇な時来ていたらしい甘味処である。1度来て常連になってやろうと思っていたものの、今までなんだかんだ忙しかったため結局来られなかったのだ。前回は外に出ていた腰掛に座っていたが、今回は流石に外が寒いので中で甘味を堪能することにした。4名席のテーブルに加州くんと安定くんの2人と私1人で別れて腰掛ける。 アフォガートや、抹茶わらび餅、それからクレープも気になる。メニューを見ながらどの甘味にするか悩みに悩んだあげく、結局前回も食べた餡蜜を頼むことにした。久しぶりの餡蜜はやっぱりぽっぺが落ちてしまいそうなほど美味しい。
「それに、こうして3人でここへ来るのは初めてじゃない?」
「……そうだね、」
朝のあの一件から安定くんは表情が暗いままだった。それも朝からここのお店に来るまでの間、私の傍を離れずにずっと手を握ったり袖を掴んでいたりして引っ付いているのだ。あの安定くんが現在デレ期?甘えん坊?可愛すぎじゃないか……と思う反面、あの夢は相当ショックが大きくて堪えているんじゃないかと思うとかなり心配になる。 加州くんだって今は落ち着いて普段と変わりない態度で過ごしているものの、安定くんまでとは言わないが私の横から離れなかったし泣いてしまう程に動揺していた筈だ。やはり安定くんのように彼は彼で色々思う部分もあるんだろう。 2人の表情をちらりと確認すると、美味しそうに食べてはいるがどこか気持ちは別の所へいっていた。心ここに在らず、な彼らの思っていることは顔を見ればすぐに分かる。
「……最後の約束、やっと果たせたね」
「やくそく……?」
「甘味処に連れて行くっていう約束。……遅くなってしまったけど、こうして果たすことが出来て良かった」
私の言葉の意味を理解した2人はハッとお互いの顔を見合わせた。あの時私が死んでしまわなければ、きっと叶えられていただろう彼らのお願い。出かけて行ったきり帰ってこなかった私を彼らは待ち続けてくれた。 沖田の恋人だった私が"あの子達"に果たせなかった約束を、審神者になった私が傍にいてくれる"今の彼ら"へ。彼女に代わって、きちんとあの約束を果たしてあげたかった。 こんな大切なことを夢で見せられて思い出してしまっては、すぐに行動へ移さずにはいられなかったのだ。大切だと思う物事のためなら時間は惜しまず。思い立ったらすぐに動く、それは昔からの私の性分なのかも知れない。 遅くなってごめんね、とそう言えば2人は首を横に振り「ありがとう主」と小さく笑った。
───ズキッ
『───あんた……おれのこと、視えてる……?』
『───おれは、加州清光』
『───ね〜、早く髪結ってよ和音〜!』
『───俺、まだ戦えるから……お願いだから、捨てないで……』
『───ぼくのこと視えるんだ……!すごい!』
『───大和守安定、よろしくね和音さん!』
『───和音さん!沖田くんが褒めてくれたよ!』
『───もっと……もっともっと、沖田くんに使ってもらいたかった……っ』
『───まさかとは思いましたけど……視えてるんですね、和音さん』
『───改めて、僕は堀川国広です』
『───清光くん安定くんおはよう。和音さんもおはようございます!』
『───僕も兼さんと同じ土方さんの愛刀として最後まで一緒にいられたら、って思うのに……』
『───なっ、何でこいつオレのことが視えて……!?お、おいどうなってんだ国広……!』
『───オレは和泉守兼定!かっこよくて強い刀なんだからな!』
『───なぁ和音、国広見てねぇか?』
『───俺たちの主なんだ、歴史に名を残すくらいのでっかいことしてくれねーとなぁ!』
『───まさか人間である和音と話が出来るとは思ってもいなかったな』
『───近藤勇が一振り、長曽祢虎徹だ』
『───全く清光も安定も和音に甘えすぎだぞ』
『───近藤さんは、とても優しい人なんだ。だから俺もこの人について行くと決めた』
『───和音、すまねぇが総司に付いてやっててくんねぇか』
『───こんな男所帯に女1人はさぞかし大変だろう?それなのにいつもすまんなぁ和音さん!』
『───和音さんの見てる景色に一歩近づけた様な気がして嬉しいです、俺』
『───顔を見たら分かる。平助くんは、もっとアナタと仲良くなりたいんだと思う、きっと』
『───和音さん。あれから総司の具合はどうですか……?』
『───ははっ、うんめぇなこりゃ!流石は和音!総司とはまるで天と地の差だぜ!』
『───留守番よろしく頼むぜ和音。土産、楽しみに待っててくれな』
彼らの笑顔を見てホッとしたのも束の間だった。からん、と音を立てて餡蜜用の木製のスプーンが落ちる。
「……、……い……」
溢れ出す言葉に、口元を手で覆った。 清くん、安くん、国広、兼定、長曽祢くん。それから土方さん、近藤さん、藤堂くん、斎藤くん、永倉くん、原田さん。それだけじゃない。新撰組として命を捧げてきた人たちの様々な言葉や表情が、ぽつりぽつりと浮かんでは解けていった。まるでそれは花火のようで、鮮やかに映し出されては消えていくのを繰り返す。次から次へと、何度も何度も。見たことのある景色が、脳裏へと蘇る。 私の様子の異変を感じ取ったのか、2人はどうかしたのかと心配そうに見つめてくる。そんな彼らを呆然と見つめながら、私は小さく呟いていた。
「……思い、出した……?」
あの頃の追憶は、まるで自分のものだったかのように一瞬で能に溶け込んでいった。 |