「ねぇ清光」
歓迎会が終わって何日たっただろうか。 今日は安定と山姥切が交代して、安定が第2部隊に臨時配属された。そして今はその第二部隊で遠征中なのだが、ふと隣を歩いていた安定に声をかけられた。
「……何?」
「もしかして主と何かあった?」
どうしてこういう時だけ勘が鋭いのかなぁ全く。何でそう思うのさ?と聞いたところで答えはなんとなく目に見えているが、俺は聞かずにはいられなかった。
「歓迎会の時から主の様子が変だから。……まさか僕より酷いことやらかした?」
「……引かない?」
「引かれるようなことしたんだ……で、何?」
「…………口吸いして好きって言っちゃった……」
「ハァ!?」
両手で顔を抑え小さい声で呟いたその言葉は、更に最後の方が尻すぼみになってしまった。俺の言葉を聞いた安定は、怒るだろうか。
「ふーん、お前がねえ……」
「……ごめん、俺主のこと好き」
「うん。知ってる。」
「え……?いや、和音だからとかじゃないよ?ただ本当に純粋に……」
「だから知ってるって。て言うか今更すぎるだろそれ」
待って待って待って。何で知ってんの。俺誰にも言ってないよ。特に安定には絶対言えないと思ってたのに。え、何で! そう思っていたのが顔に出ていたのか、お前分かりやすいし、と呆れ顔で言い放った。
「……怒らないの?」
「は?何で僕が怒るんだよ」
「和音さんは沖田くんの恋人なのに、なに人の恋人取ろうとしてるんだよ首落ちて死ね!って」
「お前僕のこと馬鹿にしてない?それは前世の話だろ。そういうのはきちんと弁えてる。……それに、主には自分が幸せだと思う道を選ぶ権利がある」
意外だった。まさか安定がそんなことを考えていたなんて、全然思ってもみなかった。コイツはコイツで色々考えていたのだ。 ふーんそれで主は挙動不審な訳だったんだ……お前も大胆なことするね、もっとヘタレかと思ってたけど。なんてイタズラっぽく笑う安定に何だと?と返す。
「でも歓迎会翌日何も覚えてなさそうな感じで元気だったじゃん」
「一芝居してたの!」
正直その時は飲みすぎでかなり酔ってたせいで、完全に自分の思考がぶっ飛んでていつの間にかやらかしてた。目が覚めたら二日酔いはしてないものの、自分のしてしまったことを思い出して頭抱えそうになった。お酒が入ってたから忘れたことにしとこう、そっちの方が何かと都合がいいかも、と思い主の前では普通を装ってたんだけど完全に主は挙動不審になってるし、俺は避けられてるしで泣きそうな訳だ。
「もうヤダ主に拒絶されたら俺生きていけない」
「……大丈夫だと思うけどね」
「お前は見てるだけだからいいだろうけど、こっちは避けられ続けてんの!そんなことするなんて俺のこと好きじゃないからとしか考えられないじゃん。和音は完全に俺らのこと息子とか弟のような扱いだったし、やっぱりそういう風にしか見られてないのかな……」
「……清光は主より女々しいね。僕は全然そういう風には見てないような気がしたけど。そもそも避けられてるのは嫌いだからじゃないでしょ」
「は?どういうこと?」
「自分で考えなよ。僕からは言うつもりない。……素直にお座りして待つのも1つの手だと思うけどねー」
そう言いながら先を歩いていく安定に、俺は犬じゃないんですけど!と言いながら足を早めた。 あ、でも。と何かを思い出したように立ち止まった安定に、ぶつかりそうになりながらも止まって何だと見つめる。
「待つのも1つの手、とは言ったけどのんびりし過ぎてると誰かに取られるかもしれないよ。例えば三日月さんとか、鯰尾とか、一期さんとか。」
三日月はともかく、まさかそこに鯰尾や一期の名前まで出るとは思っていなかった。 でも考えてみればそうだ。主は美人で綺麗だし、優しくて強い人。誰が好きになっても可笑しくはない。だからこそ俺もそんな主が大好きな訳だし。 それにしても思ったより多い。要注意人物がそんなにもいたとは思わなかった。ヤバいな、なんて焦っていれば「それから……」と安定が呟いた。何だよまだいるのか。
「……僕、とかね。」
「……は。」
聞き間違いかと思ったが「清光がそうやって悩んでる間に誰かが主に近づいてるかもね」と安定は不適な笑みを見せ、そして再び先を歩き出したのだった。
「は!?え、ちょっ……お前主のこと好きな訳!?」
「さぁね〜。」
うわ、これはマジで……ヤバいかも。
「でもさ、お前が1番引っかかってる相手は……沖田くんなんでしょ?ていうかどう考えてもそこ1番悩んでるよね」
「……う、ん」
主が好きで好きでたまらないのに。他の奴に取られたくないなんて思っているのに。考えてる暇なんてないと分かっているのに、どうしていいか分からない。 どうしたら主は───俺のことを見てくれる?
* * *
「安定くん……ちょっと買い出しに付き合ってくれないかな」
土曜日の朝。1人で歩いている彼を見つけてそう聞けば快く肯定の言葉が返ってきた。 本来なら近侍であるいち兄と、一緒に来たいと言う子に付いてきてもらうのだが、今回は久しぶりに兄弟たちと遊んでゆっくりしていいよと言って断った。 安定くんと2人で万屋へ向かい買い出しをする。こうして2人きりで外を歩くのは初めてのような気がして少し新鮮だった。普通に買い出しをしていれば、安定くんは深い溜息をついた後「あのさぁ主……」と呟く。
「僕だけ買い出しに誘ったのには何か理由があるんでしょ。分かってるから早く言いなよ」
まぁ言いたいことも何となく察してるけど、と言いながら安定くんは私の持っていた荷物を半分ほど持ってくれた。あー……やっぱバレてたか……
「……加州くんに好意を向けられてる気がする」
何て切り出せばいいのか分からず悩みに悩んだ挙句、口から出たのはこんな言葉だった。まぁこれでただの勘違いだったら笑い者だよなーなんて思いながら安定くんを見ればまさかの「今更?」という言葉が返ってきた。言葉が心臓にグサッと刺さる。
「え、安定くんは気付いてたの?」
「気付かない方が可笑しくない?清光もの凄く分かりやすいじゃん」
またもや言葉が心臓にぐさりと突き刺さった。
「……どうしたらいいのかな、」
「……嫌なの?」
「嫌じゃない!嫌じゃないよ……。……加州くんが私のこと好きなのは分かった。でも……それって、本当に私?」
「?どういうこと?」
「加州くんが好きなのは私であって私じゃないんじゃないかなって、」
「……もっと詳しく。」
「前世の私が好きで……私はただ重ねて見られてるだけなんじゃないかなぁ、って……」
「……はあぁぁぁ……」
何その究極に深くて長い溜息!?そんなのつかれたらさすがに私も傷つくよ! 心の中で泣きそうになっていると、安定くんは「揃いも揃って鈍いとか信じられない……」と呟いてもう1度溜息をついた。一体何のことだ。
「主。それ考えすぎだから。」
て言うか和音さんは僕達のこと完全に息子同然の扱いだったし、僕と清光も和音さんのこと姉や母の様に思ってただけだからそれは有り得ない。そうきっぱりと言い切った安定くんに「そ、そうなんだ……」という言葉しか返せなかった。 でもその言葉を聞いただけで、小さな蟠りがとけた気がした。心なしか、もやもやしていた気持ちスッキリする。
「それで、主は?」
「へ?」
「清光のこと好きなんでしょ?」
安定くんの言葉を理解するのにほんの少し時間がかかってしまった。小さな間を置いた後、は!?と裏返ったマヌケな声を発してしまう私。安定くんは違うの?と私を見て首を傾げた。私が?加州くんを好き?そんなの全然考えてもみなかった。 安定くんに相談に乗ってもらう為に、わざわざ加州くんが内番の時を選んで買い出しに誘ったのに。更に悩みが増えてしまったじゃないか。 |