「……え、もうお昼食べちゃったの?」
「はい!たべちゃいました!」
戻ってくると、元気に走り回る今剣くんや小夜ちゃんの姿が見えた。ずおくんと蛍は今剣くんのオセロで遊んでいる。相も変わらずおじいちゃんだけ姿が見えないけれど。 今剣がもうお昼は食べたと言ったが一体どうしたのだろうとお昼を食べていない3人で食卓へ向かう。テーブルの上には三角おにぎりがいくつか並んで置いてあり、その上にはきちんとラップがかかっていた。 これ、どうしたんだろ……と呟けば、その直後に後ろから「おお、主か」と声がかかった。
「おじいちゃん……これ、どうしたの?」
「ああ、3人の分だ。加州が“主は稽古中で忙しいからこれで我慢して”と皆に作っておったぞ」
「!……加州くんが……」
私が安定くんと手合わせしてるのを知ってた……? おじいちゃんの言葉に安定くんと顔を見合わせると、彼は知らなかったというように小さく首を振った。
「……。おじいちゃん、加州くんがその後どこ行ったかは知らない?」
はて、どこへ行ったかな……と首を傾げながら返す彼に「……そっか」と苦笑し、とりあえず先に食べようと席に座る。いただきます、そう手を合わせてお皿の一番手前のおにぎりを口にした。いい具合に塩がきいてて、思わず美味しいと言葉が漏れる。それは、おにぎりの具の中で私が一番好きな鮭が入っていた。 よほどお腹が空いていたのだろう。そのまま2個ほどぺろりと平らげてご馳走様をしたあと、加州くんを探すべく本丸内を歩き回る。まさかここにはいないよなと思いながら執務室を除けば、その予想は大きく外れ探していた目的の人物がそこにいた。 ただ暑かったのか、いつも来ている上着を脱いで腕まくりをしていた彼は、机に突っ伏してスヤスヤと眠っているようだ。 どうしてこんな場所で寝ているのだろうかと黙って近付くが、彼の目元はいつもとは違って黒い隈が出来ているのに気がついた。昨日眠れなかったのだろう。私と喧嘩したのが原因かな……と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 机の上には本来私がやらなければいけない資料が置いてあった。その資料には書きかけの文字。それを見て彼が何をしていたのか一瞬で理解出来た。
「加州くん……」
そう名前をぼそりと呟けば「……んん、」と漏れる声。そして突然むくりと起き上がった。思ってもいなかった唐突な動きに少し驚いてしまう。 加州くん?と言う私の声に反応した加州くんは開ききっていない目で私の方を向くと主と呟きながら抱きついてきた。 そうだった。彼、寝起き悪いんだった。とすると彼は完全に起きていない。これは夢だと思っているのだろうか。抱きついてくる彼をしっかりと受け止めそんなことを考えていると、また寝言なのか、加州くんの声が聞こえた。
「……和音……あい、して……る……」
───しばらく、言葉の意味が理解出来なかった。 いま、なんて言った?どういうこと?いま、彼は『る』って言った?愛して、じゃなくて……愛してる?
「……っ」
その言葉の意味に気付いた途端、私はどうしたらいいのか分からなくなった。嬉しいような、恥ずかしいような……悲しいような。とても複雑な気分で、ぐちゃぐちゃになる。わからない。どうしてと、色々な感情が混ざりに混ざって混乱を招く。 彼の口から愛しては何度も聞いたことがある。しかし『愛してる』はどうだ?───答えは否だ。そんな言葉、今まで一度も聞いたことがなかった。好きや大好きは聞くけど愛してるだけは、聞いたことがない。 加州くんは夢の中で、一体“誰”にその言葉を使ったのだろうか。
「……変なの」
考える時間なんてなくても分かる。加州くんが和音と呼ぶのは決まって前世のことを指している時。私のことはいつも主と呼ぶ。 分かり切っているのにこんな質問を……自問自答をしてるなんて、まるで私が彼を好きみたいじゃないか。いや、うん。加州くんのことは好き。だって私の大切な家族なのだから。 だから、余計に分からない。なぜこんなことを考えてしまうのか。こんなに悲しいと思ってしまうのか。何も分からない。なんでかなぁ、自分の気持ちなのに。 何一つ分からないよ、加州くん。
* * *
机に向かっていたはずなのに、気が付けば俺はいつの間にか横になってしまっていた。しまった、と思いながらぱっと開いた目で起きあがろうとそのまま上を向けば、視線の先にあったのは天井ではなかった。俺を顔を覗き込むようにして見ていた人物とばっちり目が合う。
「……おはよう」
「あ、あああある……!?」
まさか主が目の前にいるなんて、誰が想像できるだろう。ついさっきまで夢に主が出て来ていたのもあり、もしかしてこれも夢なんじゃないかと思ってしまったがどうやらこれは現実のようだ。頭の中で驚きと疑問がたくさん浮かび上がる。 そしてこの状況を理解した頃には、更に顔が熱くなっていた。理由は簡単だ。膝枕されていたから。
「あっある……ある、じ」
「落ち着きなよ加州くん」
くすくす、と笑う主。 何で、どうしてここにいるのだろう。朝から安定と手合わせしてたはずなのに。落ち着いた俺はまずは起き上がろうと思ったのだが、本当に思うだけに終わってしまった。起き上がる前に主が俺の髪をいじるように頭を撫で始めたからだ。何だこれ照れる。待って、照れる。これ。
「やっぱり加州くんの髪はさらさらだね」
「あ、ありがと……でも俺は主の髪の方が、好き」
そう返せば、優しい表情をしていた主の顔が一瞬だけ変わった。悲しみを宿した眼。俺にはそんな風に見えたのだ。 何でそんな顔を見せたのか、俺には分からない。
「ありがとう。……ごめんね、加州くん。昨日のせいで眠れなかったんでしょ、」
「別に主のせいじゃないよ。……俺こそ、主に酷いこと言って……その、ごめん……」
「まぁそれは……ちょっと傷ついたけど本当のことだったし。……無茶を言ってる自覚はある。刀剣男士に比べたら私の出来ることなんて高が知れてるのも。でもね、やっぱり私はみんなと一緒に出陣したい。待つだけは嫌、力になりたい」
真剣な表情で、膝の上に乗せている俺を見つめてくる主。 ああ、こんな真剣な話しない時に主に膝枕してもらいたかったな、と少し名残惜しく感じつつも話が真剣なために俺は身体を起こして主を見た。彼女と向かい合って座る。
「私は絶対に死なない。そして加州くんたちも無事に帰る。だめ、かな……」
「……。……主の事だから、どうせダメって言ってもやっぱり聞かないんでしょ?」
「そ、う……なっちゃう、ね」
「……分かった。いいよ、出陣。でも主、その代わりに1ついい?」
「うん。何?」
「主は俺に守らせて。絶対に無茶はしないで。敵はどこから狙ってくるか分からない。出来れば近すぎず離れすぎず……俺の守れる範囲にいて」
きっぱりと、自分の思いを素直にぶつける。しかし主が首を縦に振ることはなかった。 私は足を引っ張るためについていくんじゃない。自分の身は最低限守れるようにする。迷惑かけたくない。とそう続ける主。俺たちを守りたいがために出陣を決めた彼女からすれば、俺の言葉は当然納得いくものではないだろう。自分の存在があるせいで俺が本領発揮できないと思っているのかもしれない。……まあ、間違ってはいない。俺にとっては歴史より主の方が大事だ。それは天地がひっくり返っても変わることはないし、主を守るためなら歴史を捨てるくらいの勢いさえある。 主に譲れない思いがあるように、俺にだって曲げられない信念がある。
「俺は主が危険な目にあいそうになったら、主を守るために無茶するよ」
「そ、れは……」
「だめ。それだけはどうしても譲れない。じゃなきゃ一緒に出陣は認められない」
主の言葉を遮りきっぱりと答えると、彼女はとても納得のいかないような顔をしながら小さく頷いた。 主が戦場に出て無茶する刀剣がいない訳がない。ここの本丸にいる刀はみんな主のことが大好きなんだ。俺だって主だったあの人の未来と、主を守るために戦ってる。俺が折れるよりも前に主が死んでしまったら、それこそ俺の戦っている───生きる意味がなくなってしまう。守ることが出来なかったと自分を責めるだろう。 俺は妥協した。だから、次は主が妥協する番。
「……分かった。じゃあいざという時だけ加州くんが私を守って」
私はみんなを精一杯援護するから。困ったように微笑んだ主に一言、うんと力強く頷いた。 それからの出陣は本当に早かった。最初はずっと心配で冷や冷やしていたが、主は傷一つつけることなく出陣を果たした。傷一つないのは一緒に出陣した刀剣たちもだ。主の弓があるお陰で意外とスラスラと進行でき、出陣場所のレベルも次々と上がっていく。短期間で出陣の成果をたくさん得た俺たち。おもに主が出陣して一緒に戦っていることに、政府や他本丸の審神者が驚かないはずがなかった。 実は審神者も出陣している前例はないわけではない。しかしそれは狭き門で、霊力量が一定の数値を超えていること、時間圧に耐えられること、その前提をクリアしていないと出陣したとしても身体が保たないらしい。主はその基準を軽々と超えていたらしい。 そして刀剣男士と一緒に出陣をしている審神者のことを、界隈では戦闘系審神者と呼ぶ。 そんな珍しいことを簡単にやってのける審神者がいるもんだから、いつの間にか、主が言っていたように悪い噂がころっと書き換えられていた。 そして主も一緒に出陣するのが当たり前になってきた頃、やっと慣れてきたと言うのにある出来事がきっかけでまた環境が変わろうとしていた。
「九重様ーっ!お伝えしたいことがーー!!」
「なぁに〜?こんちゃんまた来たの?また何か検査させられるの?」
執務室で主と一緒に書類整理をしていればこんのすけがやってきた。俺と主の2人だけの時間なのにと密かに思っていたのは秘密にしておく。
「今日は違います!政府からの文を!遡行軍にお気を付けくださいとのことです!」
「はい?そんなの元々気を付けてるけど……何で急にそんなことを?」
「───香水という審神者様の本丸が襲撃されてしまいました!」
こんな出来事、誰が予想していただろうか。 |